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新しい階級社会の到来 健康格差 治す政治は

寄稿 橋本健二・早稲田大学教授
全国保険医新聞2018年12月25日号より)

 

 

はしもと・けんじ
専門は格差社会、
労働問題、日本戦後史

 30年近く拡大を続ける日本の格差社会は従来の下層階級のさらに下、「アンダークラス」を生み出し、新たな局面に入った――こう分析する早稲田大学教授の橋本健二氏に格差社会の実態と格差是正への展望を寄稿してもらった。

 

 日本で格差拡大が始まったのは、1980年代初めのことである。その数年後にはバブル経済の時代を迎え、格差拡大が話題となり始めたが、全体に所得が上がっていたから、さほど深刻な問題とは受け取られなかった。しかしその背後で、重要な変化が起こっていた。非正規労働者の増加である。
 かつて非正規労働者といえば、学生アルバイト、パート主婦、そして定年後の嘱託など、収入の不足分を補うため人生の一時期に就く、というのが普通だった。ところがこの時期、企業は非正規労働者の範囲を、学校を出て間もない若者たちにまで広げ始めた。バブルを背景に人材需要は増大していたが、人件費節約のため非正規社員を増やしたのである。こうして85年から90年の5年間、正規雇用が145万人の増加にとどまったのに対して、非正規雇用は226万人も増えた。
 このとき非正規労働者となった若者たちは、フリーターと呼ばれるようになった。フリーターはその後、激増を続ける。とくにバブル崩壊と不良債権問題に端を発した大不況のもと、90年代後半から約10年続いた就職氷河期には、大学生の就職率が六割前後と低迷した。いったんフリーターとなった若者たちが、その後になって正社員の地位を得ることは難しい。バブル期に社会に出た「フリーター第一世代」は、すでに50歳代。これに続く若者たちを含め、膨大な数の非正規労働者たちの群れが形成されてきた。
 それだけではない。日本の女性たちの多くは、結婚または出産を機に退職し、専業主婦やパート主婦となる。しかし不幸にして死別したり、離婚を選ばざるを得なくなる女性たちも多い。彼女たちは生活のため働きに出ることになるが、その多くは低賃金のパート労働である。中高年男性も、非正規労働と無縁ではない。貯金や年金収入が十分でないため、あるいは家族の病気などで蓄えを失ったため、定年退職後に職を求める人は多い。そのほとんどが、非正規労働者となる。

 

「アンダークラス」の出現

アンダークラスの実態

 こうして日本には、非正規労働者として働く貧困層が、分厚い層をなすようになった。パート主婦と専門・管理職を除く非正規雇用者は、2012年時点で929万人に達している。とくに深刻なのは、年金収入のない59歳以下の人々である。15年SSM調査、16年首都圏調査という、2つの大規模調査の結果から、その実情を見ていこう。
 平均年収はわずか186万円で、貧困率は38.7%に達する(表1)。男性の66.4%、女性の56.1%までが未婚で、結婚する機会に恵まれていないことがわかる。自分の生活に満足している人はわずか18.6%で、この比率は他の有職者の2分の1に過ぎない。

 

健康状態「端的に悪い」

 深刻なのは、健康上の問題を抱える人が少なくないことである。健康状態が良くないと自覚している人の比率は23.2%で、他を10%ほど上回る。とくにメンタル面は深刻で、「うつ病やその他の心の病気」で診療を受けた人が20.0%と、他の約三倍に上っている(表2)。抑うつ傾向を示す尺度のK6得点が9点以上の人の比率は31.0%で、他の約2倍に達する。
 これら非正規労働者たちの境遇は、正規雇用の労働者階級に比べても、極端に悪い。本来、労働者階級は資本主義社会の下層階級だったはずだが、さらにその下に、新しい下層階級が形成されたのである。そこで彼ら・彼女らを「アンダークラス」と呼ぶことにしよう。もともとはスウェーデンの経済学者グンナー・ミュルダールが、技術革新が進んだ社会で新しく形成された下層階級を指すものとして使い始めた用語である。
 少ないとはいえ曲がりなりにも年金を受給できる60歳以上の非正規労働者たちとは異なり、若いアンダークラスには正規雇用の経験がないことが多いから、無年金者になる可能性が高い。健康面に問題を抱えることから、働けなくなる可能性も高い。このままでは将来、その多くが生活保護受給者となるだろう。追い詰められて自死の道を選んだり、あるいは犯罪に走るなど、社会不安の源泉となる可能性もある。実際に法務省の調査によると、無差別殺傷事犯者の大部分は失業者や非正規労働者だったという。

 

格差是正を争点に

 アンダークラスを生み出したのは、格差拡大に歯止めをかけようとせず、かえって格差拡大を進行させるような政策をとってきた、自民党政権である。そして先述の調査によれば、自民党の支持基盤となっているのは、格差拡大を容認し、所得再分配を通じた格差縮小政策に反対する人々である。これに対して他の政党の支持者たちは格差拡大に否定的で、所得再分配に賛成する傾向が強い。また無党派には、所得再分配に対する態度は明確でないものの、格差拡大には否定的な人が多い。だから格差拡大に歯止めをかけるべきだという主張は、野党と無党派を結び付ける格好の基盤になるはずである。
 格差拡大に反対するという一点で幅広い層を結集すれば、自民党政権を倒すことは可能である。小異を捨てた、幅広い連合を作り出すことが必要である。

以上