支払基金改革を考える
現場の医療をどう変える ― 今国会に法案提出
(全国保険医新聞2019年2月15日号より)
社会保険診療報酬支払基金(支払基金)の改革に関する法案が、今国会で審議される見通しだ。2018年3月1日、厚労省と支払基金は、「審査支払機関改革における支払基金の今後の取組」を発表した。これまで規制改革推進会議や有識者検討会などで議論されてきた経緯に基づき17年7月に発表した「支払基金業務効率化・高度化計画」を踏まえ、「審査プロセスの効率化」、「審査基準の統一化」、「組織の在り方の見直し」などの課題の進捗状況を確認し、さらに進めるための具体的な工程を示したものだ。同年6月には「規制改革実施計画」が閣議決定されていた。
都道府県支部の集約化は現場の実態と相容れない
閣議決定した「規制改革実施計画」では、「『支部の最大限の集約化・統合化の実現』を前提に集約化の在り方を検証し、それを踏まえた法案提出を行う(平成31年措置)」とした。
この支部の集約化を進める目的は何か。社保審医療保険部会の資料によると、「審査結果の不合理な差異の解消に向けた取り組みを加速する」こととされている。しかしこれまでも支払基金では差異解消の取り組みを行っており、かなりの精度で解消が進んでいると思われたが、改正案では47都道府県に設置されている支部を10カ所程度に集約するという大がかりな提案内容となっており、影響も大きいと推測される。ここまでやる必要性はあるのか。また、関係する医療機関や保険者等への周知はどうなっているのか、この改革が患者・国民にどのような影響を及ぼすのか、検討されたのか疑問だ。
支払基金はこの集約化の課題の洗い出しを目的に、昨年「実証テスト」を実施した。テストは宮城、大阪、福岡を集約支部とし、それぞれ近隣の支部の職員を集約支部に2カ月間勤務させ、本来各県支部で行う審査に伴う業務を集約支部で実施するというものだ。その実施結果が「審査事務の集約に向けた実証テストの実施結果の報告」(2018年12月17日付)として、支払基金HPに掲載されている(※)。報告書の最後に実証テストの実施に際して支障があったかどうかを問う、医療機関、保険者アンケートへの「声」が一覧表で掲載されている。そこでは、返戻書類等の到着が遅いなど送付に関する問題の指摘や、問い合わせ窓口に関する懸念などが出されている。その中で「実証テストが行われていたことすら知らなかった」との回答が散見され、十分な周知がされていなかったことがわかる。そのため「支障はあったか」と聞かれても、回答のしようがなかったのではないか。報告書の前段では回答数が一覧表でまとめられ、圧倒的に「支障無し」の数が多い結果となっている。
また規制改革推進会議は、「レセプトの電子化が完了し、オンライン審査が可能になった」から支部集約すべきとしているが、一方の当事者である保険者のアンケート結果を見ると、「紙の請求関係帳票は、引き続き送付をお願いしたい」などの回答が多く、未だ紙媒体への依存度が高い実態がある。保険者はきめ細かな審査・支払業務の対応を求めている証左ではないか。
実証テストは集約化が前提で実施されたとはいえ、肝心の当事者が置き去りにされ、さらに現場の実態とも相容れないものであることは明らかだ。現在、各都道府県に独立した支部があることで、気候や都市・地方など環境の差による患者の疾病特性を踏まえた審査や、医療機関への丁寧な対応が可能となっているが、今後支部集約に伴い人員削減が進むと影響が及ぶことが懸念される。
※「審査事務の集約に向けた実証テストの実施結果の報告」(支払基金HPより)
コンピュータ審査拡大の弊害
規制改革推進会議において、ICTを使用した審査拡大を求める意見が出され、支払基金は「効率化計画」(2016年6月)においてICT活用の見直し案を発表した。現行ではコンピュータチェックは、あくまで審査員の審査前の処理という位置付けで人間による審査が主流であるが、同計画では2022年までにレセプトの9割をコンピュータで審査し、1割を医師や看護師など医療専門職等で審査するとし、さらに残った重点審査部分に限って審査委員の医学的知見での対応を目指すとした。
保団連は一連の支払機関改革で、厚労省がモデルとする韓国の健康保険審査評価院(HIRA)の審査現状を把握することを目的に、昨年5月に韓国視察を実施した。韓国での審査の状況として、「明確な審査基準が存在していても、日本と同様に審査員によって判断が異なる場合がある」、「査定レセプトの金額ベースの8割は人が審査している」といった実態を把握した。また、コンピュータ審査に対して韓国国内でも「財政削減のために医師の裁量権を統制するものであり、強く反対すべき」との認識があり、また日本政府が進める「審査委員会による審査を1%以下とすることを目標に審査支払機関の人員も併せて削減する」とする方針は、モデルとする韓国の実情とも食い違う。
本来、保険診療では個々の患者の症状や病態、居住環境など、考慮すべきことが多岐にわたり、パターン化できるものではない。現行では個々の患者の病態を踏まえ、審査委員が医学的判断により審査を行っているが、今後コンピュータ審査を導入し画一的な審査となると、症状詳記があるなど機械的に処理できないレセプトへの審査に影響が出るおそれがある。医師が医学的知見に基づき判断した治療に診療報酬が伴わなくなることにより、治療の方向性がレセプトの審査通過に左右され、患者にとって真に必要な医療が受けられなくなるおそれがある。改正案では「手数料の階層化」という文言で、レセプトの枚数や審査の内容等を勘案し審査手数料を設定することが提案されており、新システムの稼働に伴いコンピュータチェックのみで審査が完結するレセプトが増加すること等を考慮し、例えば審査の内容に応じて単価を変えることなどを今後検討するとしている。支払基金の財源は保険者からの審査手数料に大きく依存しており、単価設定を変えることにより“コンピュータチェックで完結しないレセプト”の淘汰に向け圧力が強まることが予想される。これが医療機関、ひいては患者の受ける医療に影響を及ぼすことが懸念される。
レセプトデータの営利目的利用を懸念
法改正では、基金法、国保法改正で、業務運営に関する理念規定の創設、データ分析等に関する業務の追加が予定されている。厚労省は、「ビッグデータ活用推進計画」の工程表に示されている「保険医療データプラットフォーム」を創設し、国内で実施する健康診断や医療・介護の全情報を集約するとしている。集めた情報をビッグデータとして分析し、医療・介護の質を向上させ、過剰な医療費の見直しや国民自らの健康管理・予防行動に活かすことで社会保障費抑制を見込み、さらに大学や民間企業でもビッグデータを活用し技術革新につなげたいとしている。これらビッグデータは、審査支払機関で管理されていくこととなる。
レセプトについては、ここ数回の改定で請求に不用な情報を記載させることが増えており、上記の動きと連動していることは明らかだ。そのため医療機関等に多大な負担が押し付けられている。また、患者・国民のセンシティブな情報を結合し一カ所にまとめて管理すれば一度に膨大なデータ漏洩の危険性が高まる。本来レセプトは「療養の給付に関する費用」の請求明細であり、このデータを集積して保険請求業務以外に利用することは、レセプトデータの目的外使用に該当し容認できるものではない。レセプトを患者の同意なく、審査、支払以外の目的に使用することは個人情報保護法の趣旨にも反する。特にレセプトデータを営利企業が利活用することを認めれば、国民の健康・医療に関わる情報が企業の“儲け”の対象にされるおそれがある。
今回の支払基金法改正案は、日々進むAIなど技術革新を最大限利用し、コストや人員を縮小し効率化を進めることを強調している。社会保障費削減という観点から、医療提供および国民の医療を受ける機会が阻害されないよう注視が必要である。
審査委員会の三者構成の対等平等の在り方を崩すべきではない
審査委員は三者(診療担当者代表、保険者代表、学識者経験者代表)から同数を委嘱し運営しているが、改正後は診療担当者代表と保険者代表のみ同数とするよう見直すことが提案されている。その理由として「機動的な審査委員の確保が可能となる」と記載されている。しかしこれは戦後に支払基金が創設されて以来、民主的に、対等平等で審査をおこなうとする三者構成の在り方を崩すのみならず、効率化に重心が傾いた審査にならないか大変危惧される。社会保障としての国民皆保険制度を支えるにふさわしい、審査制度の維持、発展のため、拙速な改革は行うべきではない。
社会保険診療報酬支払基金法改正案の内容 |
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支部集約化
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各支部の支部長が担っている権限を本部に集約、本部によるガバナンスを強化
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現行法上の支部の都道府県必置規定を廃止 |
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本部の事務執行機関(権限は理事長から委任)としての審査事務局(仮称)を設置 |
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職員によるレセプト事務点検業務の実施場所を全国10カ所程度の審査事務センター(仮称)に順次集約。これにより審査結果の不合理な差異の解消に向けた取り組みを加速 |
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審査委員会は、本部のもとに設置(現行は支部のもとに設置)
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地域医療の特性等を踏まえ、設置場所はこれまで同様47都道府県に設置 |
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審査委員の審査補助業務は47の審査事務局で実施 |
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A |
基金の業務運営に関する理念規定の創設 |
B |
データ分析等に関する業務を追加
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レセプト・特定健診等情報の収集、整理及び分析等に関する業務を追加 |
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C |
手数料の階層化
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「レセプトの枚数」が基準の審査手数料に、「審査内容等を勘案」することを追加 |
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D |
審査委員の委嘱に関する事項
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審査委員を診療担当者代表と保険者代表のみ同数とするよう見直す(三者構成の見直し)
※国保法も同様に改正する |
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1月17日社会保障審議会医療保険部会資料より作成 |
以上