増加する認知症 医療者はどう向き合うか
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はせがわ・かずお 1929年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。同大助教授、聖マリアンヌ医科大学教授、学長・理事長などを歴任。現在、認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長。2017年に嗜銀顆粒性認知症であることを公表した。 |
高齢化が進む中、地域医療を担う医師・歯科医師にとって認知症患者やその家族への対応は大きな課題だ。精神科医の長谷川和夫氏は認知症研究の第一人者。「長谷川式認知症スケール」を考案し、検査法を確立した。2017年には、自らが嗜銀顆粒性認知症であることを公表。認知症患者と同じ目線に立つことが大切と語る長谷川氏に、内科医として認知症患者やその家族らと関わることも多い全国保険医団体連合会(保団連)の聞間元理事が話を聞いた。
聞間 先生が考案した「長谷川式認知症スケール」は、私も含めて多くの医師が、認知症の可能性を判断するために使っています。
長谷川 私はもともと東京慈恵会医科大学でてんかんの診療をしていたのですが、1968年に老人ホーム利用者の健康調査をすることになりました。当時指導を受けていた新福尚武先生から認知症の判断基準となる「ものさし」を作るように言われ、考えたのが長谷川式スケールです。74年に発表し、91年に改訂しました。点数化することで誰が検査してもほぼ同様の結果が出るように工夫しました。
聞間 先生が長谷川式スケールを最初に発表した頃、「認知症」という病名はまだなく、人格を否定するような「痴呆」が使われていましたね。
長谷川 当時、認知症患者の実態調査もしたのですが、本当にひどい扱いを受けていた。馬小屋の隣の小さな小屋に閉じ込められていたり、外から鍵をかけられた家の中で狭い中庭を散歩するしかできない状態に置かれていたり…これが日本の現状かとショックでした。
聞間 認知症患者の人権が無視されていた時代ですね。
聞き手 聞間理事 |
長谷川 最近になってようやく、認知症患者の尊厳を守ろうという考え方が広まってきたと思います。診療でも一番大切なのは、患者さんと同じ目線に立ち、人として尊重することです。
長谷川式スケールを使うときも、この点に気を付ける必要があります。「100から7を引くといくつになりますか」など、相手のプライドを傷つけ兼ねない質問もある。医師の側が診察に必要だから患者さんに協力をお願いするという態度で説明し、納得してもらって行う必要があります。
聞間 私も最近になって、長谷川式スケールは正しく使うことが重要と気付きました。事務的に素っ気なく質問を進めてしまうと、患者さんが緊張してしまい、実際よりも低い点数になってしまうことがよくあります。
長谷川 最初に雑談などをして患者さんと信頼関係をつくり、和やかな雰囲気で行うことも大切でしょう。
また、スケールの点数だけで認知症の診断はできません。質問に答えるときの態度や答え方を観察し、生活障害の現状なども伺って、総合的に判断する必要があります。
聞間 先生は認知症の方の介護では、本人を中心としたパーソンセンタードケアという理念が大切と訴えてきました。
長谷川 1986年ごろに英国のトム・キットウッドという心理学者が提唱した理念です。認知症の人、一人一人を理解して、その人の立場に立ってケアをしていくというものです。
私が診療していた若年性アルツハイマー型認知症の患者さんで、讃美歌の研究などをしていた牧師の方のことは忘れられません。亡くなった後に見つかった五線譜に、「僕にはメロディーがない…帰ってきてくれ 僕の心よ 全ての思ひの源よ」と悲壮な叫びが走り書きされていたのです。見たときには言葉を失いました。認知症患者の喪失体験、心の痛みを、自分は果たして理解しているのだろうかと。完全に理解することは無理でも、少しでもそこに近づいていこうとすることは大切だと思います。
聞間 その理念を、診療の中ではどのように実践してきたのでしょうか。
長谷川 たとえば、診療時には原則として認知症の患者さんとその家族に同時に診察室に入ってもらっていました。最初に家族から診察室で話を聞き、その後患者さんを呼ぶ方法をとる医師も多いですが、そうすると患者さんは「自分について何の相談をしているんだろう」と疑心暗鬼になってしまいます。
聞間 私にも経験があります。
長谷川 だから私はそうしないで、家族の方に「先生と2人だけで話したい」と言われたら、患者さんに「すまないけど席を外してくれませんか。その代わり何を話したかは後ですべて伝えますから」とお願いしていました。
聞間 先生は一昨年に、自らが嗜銀顆粒性認知症であることを公表しました。どういう思いからだったのでしょうか。
長谷川 認知症になっても自分が普通に暮らしていることを知ってもらいたいと思ったからです。「認知症になっても大丈夫なんだ」と安心してもらいたい。
聖マリアンヌ医科大学にいたとき、すでに長谷川式スケールも発表して全国だけでなく韓国からも患者が来るような状況でしたが、ある先輩から「あなた自身が認知症にならなければわからないことがある」と言われたことがあります。今は当事者としてパーソンセンタードケアの大切さをより理解できるようになりました。
聞間 ご自身が認知症とわかってから、生活は変わりましたか。
長谷川 地域の中で支えられていると実感しています。お気に入りのコーヒー店に行く途中で「お元気そうですね」と話しかけられたり、この間は横断歩道で転んで顔を怪我してしまったのですが、車を運転していた男性たちが助けてくれて、さらにたまたま通りかかった女性が自宅まで送り届けてくれました。本当にありがたい。地域全体で高齢者の面倒をみる。「地域包括ケア」の一つの形ではないでしょうか。
聞間 認知症の人が安心して暮らせる街づくりを考えていくことは、とても大切だと思います。その中で地域医療を担う医師・歯科医師の役割は大きいと思いますが、悩みは多くあります。例えば、認知症の患者さんが、口腔内の診察が必要なのになかなか口をあけてくれないと歯科医師からよく聞きます。
長谷川 大変ですね。患者さん自身も、心のどこかで「自分の歯で食べたい、歯医者さんに歯を診てもらいたい」と思っているはず。口をあけない日はうがいだけしてもらうなどして、訪問診療なら何度も通い、ヒューマンコンタクトを密にしていけば、いずれは口をあけてくれると思います。
聞間 私は内科医ですが、地域で認知症の家族や介護スタッフから様々な相談を受け、対応に困難を感じることが少なくありません。地域の医師不足の中で、認知症を専門としていない医師が悩みながら対応している実態も多くあると思います。
長谷川 医師も一人で抱え込んだら大変ですから、信頼できるスタッフ2〜3人でチームを作って対応することが大切だと思います。医療は、通常は医師と患者さん1対1の信頼関係の中で進めていくものですが、認知症の場合はそれが難しいことも多いでしょう。医師だけでなく、看護師や介護福祉士、精神保健福祉士などを含めたチームでもいい。そうすればずいぶんと心強いのではないでしょうか。
以上