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マイナンバー利用拡大、私たちに何をもたらすか
番号利用し監視・選別の危険

全国保険医新聞2019年5月25日号より)

 

 今国会で成立した医療保険関連法に、医療機関でマイナンバーカードを用いたオンライン資格確認が盛り込まれた。院内でのカード紛失や番号漏洩など患者や医療者の不安は何ら払拭されていない。政府は医療等IDに被保険者番号を活用する方針だが、医療情報の漏洩が強く懸念される。マイナンバー利用拡大などの問題点を自治体情報政策研究所代表の黒田充氏に寄稿してもらった。

 

カードなしで資格確認は可能 紛失・盗難の可能性が増大

自治体情報政策研究所代表
黒田 充
くろだ・みつる。1958年大阪市生まれ。1980年から1997年まで松原市役所勤務。立命館大学大学院の進学を経て、2002年自治体情報政策研究所を設立。地方自治体の情報化問題を中心とした調査研究を実施するとともに、講演、著作などを行う。

 政府はマイナンバーカードを健康保険証にする準備を進めている。これは医療保険の資格確認をオンラインできるようにし、その際にマイナンバーカードを使おうというものである。今国会ではそのための法律が議論不十分なまま成立した。しかし、マイナンバーカードがなければ資格確認ができないわけではない。厚労省は、被保険者番号(現行の世帯単位から個人単位にする予定)でも、医療機関の窓口での資格確認を可能にすると説明している。また、これまでの健康保険証が廃止されることもない。その結果、窓口にはマイナンバーカードを出す者と保険証を出す者が混在することになる。窓口対応がより複雑になるのは間違いない。当然、健保組合や医療機関(街の小さな診療所も含め)などには、システム構築や維持管理、セキュリティ確保などの新たな負担が生じることになる。
 政府は、マイナンバーは安易に見せてはならない番号だと説明してきた。しかし、マイナンバーカードを保険証にすれば、マイナンバーが書かれたカードを多くの人が日常的に持ち歩くことになり、カードの紛失や盗難によるマイナンバー流出の可能性が著しく増大する。こうした危険性を認識している人は多いだろうから、マイナンバーカードで受診する者はほとんどいないのではないか。また、医療機関がマイナンバーカードによる受診を患者に積極的に働き掛けることもまずないだろう。
 では、政府は手をこまねいているだけだろうか。何らかのインセンティブを与える、例えばマイナンバーカードでの受診者への窓口負担の軽減や、診療報酬上の評価などを出してくるのではないか。
 ところで、マイナンバーカードでの資格確認に使用されるのは、マイナンバーではなく、カードのICチップに記録されている公的個人認証の電子証明書である。電子証明書は、支払基金・国保中央会のサーバーからカードの持ち主の被保険者番号を取得する際に使われる。
 しかし、窓口で提示されたのが、被保険者番号が記された健康保険証であれば、当然この過程は必要ない。政府はマイナンバーカードの普及遅れを、保険証としても使えるようにして一挙に挽回したいのであろう。
 しかし、資格確認システムに電子証明書の利用を持ち込むことの必要性は極めて乏しく、無駄としか言いようがない。

 

相談・説明抜きの資格証発行で受診抑制を招く懸念も

 では、オンライン資格確認自体には問題はないのか。現在、国保料の滞納が続くと短期保険証が交付され、その後も滞納が解消されなければ資格証明書の交付となり、医療費は全額自費となる。
 資格証明書等の交付は、滞納者を市町村の窓口へ呼び出し、健康保険証との交換として行われる。その際に滞納相談として生活状況等を聞き取り、必要ならば各種の公的支援へとつなげていくこともある。
 ところがオンライン確認になれば、こうしたプロセスを飛ばし、市役所の端末を操作すれば保険証を資格証明書にいつでも変更することができるようになる。政府の国保料徴収強化の指示を受け、一方的な財産差し押さえなど生活実態無視の取り立てが各地で横行している。こうした現状から見れば、オンライン確認を活用した相談なしの資格証明書化が起きる可能性は否定できない。
 医療機関窓口で初めて自分の保険証が資格証明書に変わっていることを知る患者も出てくるであろう。「全額自費で」と告げられても、市役所から説明を受けてないのでなぜ保険証が使えなくなったのかわからない。医療機関の窓口職員も制度をよく理解していなければ、理由も、これからどうすれば良いのかも説明できない。患者は受診をあきらめ帰ってしまうのではないか。オンライン資格確認は、その運用によっては受診抑制を招く可能性が大いにあるのだ。

 

被保険者番号の医療等ID化、プライバシー侵害を強く懸念

 マイナンバーカードを用いて資格確認をしただけでは、レセプトや電子カルテの情報がマイナンバーと紐付けられることにはならない。医療情報とマイナンバーとの紐付け問題は、既にマイナンバーと結びつけられており、レセプト情報ともつながっている被保険者番号と、医療等IDとの関係がどうなるかにあるのだ。医療等IDは医療情報とつながることが想定されており、極めて慎重な取り扱いが求められることになる。ところが、政府コストや効率性などを理由に医療等IDに、個人単位化された被保険者番号を使うことを検討している。
 しかし、被保険者番号は見える番号、見せる番号であり秘匿扱いはされて来なかった。被保険者番号を記載した健康保険証は身分証明書として一般に利用されており、券面のコピーも特段の注意もなく行われている。被保険者番号に厳密な取り扱いを求めることは現実的に難しく、これを医療等IDとすればプライバシーの漏洩、侵害を引き起こす可能性が極めて大きいと言わざるを得ない。また、被保険者番号が医療等IDになれば、マイナンバーと医療等IDは当然のように結びつくことになる。

 

名寄せ個人情報で医療給付の制限も

 マイナンバーカードの普及が思わしくないことをもって、マイナンバー制度は失敗したとの声があるがこれは誤解だ。
 マイナンバー制度の目的は、行政機関等が保有する個人情報を効率的に名寄せ(データマッチング)することである。カードが普及しなくても名寄せの実現には然したる支障はない。現在、名寄せがどの程度可能になってきているのかは、政府の説明もなくよく分からない。おそらく本格的な名寄せはまだこれからであろう。しかし、マイナンバーと紐付けられる個人情報―例えば戸籍や資産情報など―が今後も増えていくのは間違いない。さらには経済界がマイナンバーの開放を強く求めており、民間企業等が保有する個人情報と結びつけられる可能性すらある。マイナンバーのさまざまな個人情報との紐付けは、プライバシー侵害などを引き起こす可能性を高め、たいへん危険ではある。
 しかし、より深刻なのは、名寄せされた個人情報を利用したプロファイリングである。医療や健康保険の分野でいえば、AIなどを使ったプロファイリングで発病原因を推定し、あなたの疾病は不養生によるものだから「自己負担を5割にする」、「この薬を使うことはできない」等々が行われる可能性である。
 個人情報を集めれば集めるほど、生活実態がより詳しくわかり、個人にカスタマイズされた形で社会保障や医療の制限を行いやすくなる。既に特定健診の結果をマイナンバーと結びつけることは法的に可能となっている。また、政府の産業競争力会議などでは、個人の責に帰するリスクに応じて保険料を増減できないかといった議論が行われている。

 

個人情報の収集・活用による「選別」をEUは法規制

 EUは昨年5月に施行された一般データ保護規則(GDPR)でプロファイリング規制(プロファイリングされない権利の明確化)を行っている。その背景には、ナチが行った個人情報の収集、活用による人々の選別(T4作戦やホロコースト、戦時動員等々)や、東側の監視社会といった苦い教訓がある。しかし、日本の個人情報保護法には、プロファイリングの概念自体が存在しない。また、残念ながら国民の多くも「漏れたら怖い」という漠然とした不安の段階に留まっており、個人情報が活用されることの恐怖を認識していない。
 今日、「自業自得の患者への健康保険適用は制限すべきだ」といつた論調が大手を振り始めている。現在のところプロファイリングを実現しうるインフラは整いつつあるものの、まだ実際には行われていない。自己責任をことさらに強調する世論が支配的になれば、プロファイリングによる「選別」は急速に現実味を帯びるのではないか。そうした社会を許すのかどうか、望むのかどうか私たちは問われている。

以上