安心の医療に手厚い保障こそ
妊婦を外来で診た際の母体や胎児への配慮を評価した妊婦加算が1月から凍結されている。加算の趣旨の周知不足も影響し、コンタクト処方や会計時に妊婦とわかって算定した事例などに批判が集中。新設から1年を待たず昨年末に急遽、凍結が決まった。手厚い医療を保障する診療報酬改善が患者負担増になるという制度の矛盾が顕在化した形だ。厚労省の有識者会議は妊産婦に対する質の高い診療を評価・推進することは必要と提言。次回診療報酬改定に向けて論点になる。妊婦加算の復活と医療費助成制度がセットで必要と主張する日本産婦人科医会常務理事の谷川原真吾氏に、保団連の斉藤みち子副会長(産婦人科)が話を聞いた。
政治判断の点数凍結「異例であり遺憾」斉藤 妊婦加算の「炎上」から凍結に至るドタバタをどのようにご覧になっていましたか。 谷川原 すべての医療現場に加算の趣旨が十分伝わっていなかったことが問題と考えています。患者さんたちにも趣旨を理解してもらえるように説明していれば、あれほど炎上しなかったでしょう。 斉藤 凍結に至る経緯には、自民党・厚労部会からの唐突な介入がありました。あれには多くの医療関係者が疑問を持ちましたね。日本医師会も「凍結が諮問される手続きには大変違和感を覚える」と指摘していました。 谷川原 政治の判断による凍結は極めて異例であり遺憾です。診療報酬は専門的な調査・検証を経て次の改定で修正するという流れが確立されているはずです。 斉藤 本当に妊婦さんのためを思うなら、手厚い医療を保障する施策こそ実現すべきですね。
子ども産み育てられる社会、医療に
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産婦人科医ならではの苦労から、現場の努力を評価するあり方、子どもを産み育てられる社会まで話題は尽きない |
斉藤 妊婦加算の凍結解除の必要性を詳しく聞かせてください。
谷川原 はい。現場での手厚い医療は点数のなかで評価するしかありません。凍結解除だけではなく、産後1カ月以内の産婦や母乳育児中の産婦を含めた「妊産婦加算」とするのが理想だと考えています。
産婦人科医ならご存じの通りかと思いますが、日本で使える薬剤は内服でも注射でもほとんどの薬で添付文書に「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する」とか、「授乳を中止させることが望ましい」などの記載があります。
しかし実際は、母体や胎児、新生児への影響のない薬を選んで治療していけばいい。それにはいろいろな文献を調べたり、外国の基準を参照したりしなければなりません。国立成育医療研究センターを中心に整備されている「妊娠と薬情報センター」も相談に乗ってくれますが、すべての薬に回答が出ているわけではないですし。
そういう配慮の中で治療を選択し、患者さんに十分な説明をします。そうすると普通の患者さんよりも時間も労力もかかります。産婦人科はもちろん他の診療科でもこうした配慮をしている現場の努力が評価されることは適切なものです。
斉藤 妊婦加算は、妊婦さんが安心して受診できるようにするため、診療に積極的な医療機関を増やすという点からも重要でした。私のところに来た患者さんでも、「妊婦さんに出せる薬はないから産婦人科に」と言われた人はいます。
谷川原 妊娠中には、妊娠高血圧症や胎児発育不全など産科的合併症だけでなく、全ての診療科領域の合併症「偶発合併症」を発症し得ますからね。
斉藤 「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」に出された資料では、2001年からの10年間で偶発合併症は10%以上増加し、全妊産婦の3割以上を占めるに至っていますね。別の資料では、妊婦の約38%が、産婦人科以外を受診しています。受診先は内科、歯科、耳鼻咽喉科、皮膚科などの順で多いようです(図)。
歯科では妊婦加算が算定できませんでしたが、妊婦さんが受診した際には、診察台での姿勢の取り方、麻酔やエックス線検査時の配慮など、細やかな対応をされています。歯科でも算定できるようにすべきものだと思います。
谷川原 歯周病が周産期合併症と関連するとの報告もあります。歯科においても妊婦の診療には配慮が必要ですね。
また、問題視されたコンタクトの処方による算定についても、妊娠中のホルモン変化からくる視力低下のためメガネ・コンタクトの不具合が生じるという報告もあります。コンタクトの処方だから妊娠と無関係とは一概には言えません。
斉藤 妊産婦加算とセットで医療費助成を実現すべきということですが、どのような制度とすべきでしょうか。子ども医療費助成制度では、自治体の独自事業であるため自治体の人口や財力などによって差が生じることが課題となっていると思いますが。
谷川原 その通りです。妊産婦医療費助成制度についても、全ての自治体で設置されている都道府県は私たちが把握している限りでは4県だけです。助成の内容も、一定の自己負担や所得制限があるなど、足並みはそろっていません。
やはり、国の制度として財源を確保して実施してほしいですね。内容も、全国平等に現物給付で所得制限もなく無料化が理想です。
斉藤 助成の期間も課題ですね。現在ある妊産婦医療費助成では出産の翌月までなどとなっていますが、母子保健法や児童福祉法では妊産婦は「妊娠中又は出産後一年以内」という明確な定義があります。これに合わせていくべきだと考えています。
谷川原 なるほど、母乳育児中の産婦も妊産婦加算の対象としていくという私たちの提案とも整合する考え方だと思います。
医療費助成とセットでなければ、妊産婦さんの診療が点数上評価されても、また同じような混乱を繰り返しかねません。
斉藤 昨年12月に、成育過程にある者と保護者や妊産婦に対して、必要な医療の切れ目ない提供などを目的とした「成育基本法」が、参院本会議の全会一致で成立しました。
子ども医療費助成制度が全自治体に普及している今、成育基本法が掲げる妊娠期からの切れ目ない支援のためには、これまで十分でなかった妊産婦への医療費助成を充実させるべきです。
谷川原 成育基本法は私たちとしても重視しています。政治家や厚労省に働き掛けていって、妊産婦医療費助成をどうにか実現したいですね。
斉藤 「少子化対策」という視点から医療費助成を求める世論が盛り上がるのはいいことなのですが、そもそも子どもを産み育てられない社会の現状が根本問題と思います。
長時間・低賃金などの過酷な労働条件では結婚、出産はできないでしょう。また、子どもの7人に1人が貧困、ひとり親家庭の子の半数が貧困と言われます。子どもの貧困は親の貧困です。
子どもを安心して生み育てるためには医療政策だけでは解決できない問題があります。
谷川原 そういう議論は私たちも考えます。行政や地域の役割などを問うていく必要があります。
安心して子どもを産み育てるということでは、医師の働き方改革も重要です。
日本の周産期医療は、死産と早期新生児死亡の割合や妊産婦死亡率が先進諸国と比べても極めて低く、最も安全なレベルの周産期体制を維持しています。しかし、この間、産婦人科を選択する医師の割合が増えず、分娩取り扱い施設も減少を続けています。今、産婦人科の現場は少ない産婦人科医師の長時間労働でどうにか成り立っていますが、現状のままで労働時間の上限設定がされれば日本の周産期医療の水準は保てないでしょう。
私たちは医師の働き方改革について、日本産科婦人科学会と共同で、年間500人以上の新規産婦人科専攻医の実現や女性医師の継続的就労支援などを提案しています。
斉藤 保団連も抜本的な医師増員への転換とそれを支える診療報酬での手当を求めています。
妊産婦さんが安心して医療を受けられ、また安心して子どもを産み育てられる社会環境を実現するよう協力していきましょう。
以上