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岸本聡子さんに聞く 世界の社会運動@

再公営化が世界の選択 公共サービスの企業占有問う

全国保険医新聞2019年11月15日号より)

 

岸本聡子氏

 医療や教育など公共サービスは非効率で金のかかる悪者であり、競争原理のはたらく民間セクターによる合理的運営が必要――このような主張が聞かれるようになって久しい。先進国共通の状況であり、日本でも民営化の圧力は強い。
 しかし、世界ではこれに対抗する動きも盛り上がっている。民営化後にむしろ事業費用や利用料金が上がるなどの問題が浮上。水道事業の再公営化、公営住宅の拡充などを求める運動が広がっている。
 オランダ・アムステルダムに拠点をもつ国際的な調査・権利擁護機関「トランス・ナショナル研究所」に所属し、世界の公共政策などに詳しい岸本聡子さん(写真)に各国の話を聞き、日本の現状を考える。

 

 このインタビューで、世界の公共サービスの動向をお聞きしていきます。

製薬の公営化提起

イギリス労働党大会と並行開催された政治フェスは政策論議、音楽、アートなど多彩な企画で盛り上がった。若者を中心とする同党の草の根運動組織「モメンタム」が主催(TheWorld Transformedのフェイスブックより)

 はい、最近のニュースとしては、イギリス労働党が9月22日から開いた党大会で党首のジェレミー・コービンが演説し、製薬企業が設定する薬価が高すぎるため、NHS(国民保健サービス)で必要な治療が提供できない事態を批判しました。患者の医薬品アクセスを改善する必要があるとして、@ジェネリック薬を確保するための国による強制特許取得A公営のジェネリック医薬品製造企業の設立B公的研究資金を受ける条件としてNHSが支払可能な薬価を設定する―という画期的な提起をしました。

 製薬企業の過剰な利益追求が公的医療制度を食い物にしている現状への策ですね。日本も同様の高薬価問題が懸念されています。

 そうですね。しかしコービンの提起は一国の医療制度の財政改善策に留まるものではありません。背景には、公共の利益をもたらすものを民間企業が私的に占有する状況を問い直す人々の挑戦があるのです。
こうした動きは近年、一度は民営化された公共サービスの再公営化といった形で世界的な広がりを見せています。

 

公共サービスの民営化は失敗

 ―生きるために必要なものは再公営化でアクセス保障

公営化で水道料金が下がった―パリ

食料、水、環境などの保護活動団体
「Food&Water Watch」のフェイスブックより

 私たちの調査では再公営化は2000年からの17年間に世界45カ国1,600以上の都市で835件に上ります。最も目立つ分野が水道事業です。
2010年のフランス・パリでの水道事業の再公営化は、グローバル水道企業のお膝元であったこともあり、象徴的な事例となっています。
パリの水道事業は1985年から民間企業に事実上売り渡される「コンセッション方式」の下で運営されてきました。経営は不透明で、実際には15〜20%あった営業利益率が市議会には7%と過少報告されていたこともわかりました。
パリ市長と市議たちは生活必需品である水道は公共の管理のもとにおかれるべきという信念の下、数年間かけて再公営化を成し遂げました。それなりに費用がかさんだにも関わらず、株主配当が不要になったことなどで、再公営化の翌年には4,000万ユーロ(約48億円)の費用削減に成功。水道料金も8%引き下げを果たしました。

ベルリンの賃貸住宅公営化を求める「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」のアピールやデモの様子。住宅民営化の象徴的存在である巨大不動産企業ドイチェ・ヴォーネン社がキャンペーンネームに選ばれた(Deutsche Wohnen&Co Enteignenのフェイスブックより)

 公共事業を民営化すると競争原理が働き、経費や利用料金が下がるとよく言われますが、まったく逆の結果がで出ているのですね。

 パリ市の取り組みはその後も発展し、市民と専門家が水道事業について協議する「パリ水オブザバトリー(観測所)」を恒久組織として運営に組み込みました。市民による水道事業への参加と管理を保障する仕組みを作ったのです。
最近では、昨年11月に米国メリーランド州ボルティモア市が住民投票で水道民営化を禁止し、モンタナ州ミズーラ市は16年に水道事業の買い戻しを巡って法定で争い、州最高裁で勝利しました。スペインのカタルーニャ州でも、再公営化に取り組む自治体の連携が進んでいます。

 日本では、地方自治体の水道事業で「コンセッション方式」を推進する水道法改正が昨年行われ、今年10月に施行されました。世界の流れに逆行していますね。

 

家賃値上げを規制―ベルリン

 他の分野でも再公営化の運動はありますか。

 住宅分野が重要です。住宅不足と家賃の高騰は、ヨーロッパの主要都市共通の課題として浮上しています。
ドイツの首都ベルリンで運動が盛り上がっています。ベルリンは住宅市場の85%が賃貸住宅です。ベルリンの壁崩壊後の民営化策で、51%あった公営住宅の売却が進み現在は23%まで半減しています。結果は如実に家賃に反映され、17年の1年間だけで家賃がなんと平均20.5%も上がり、13年に比べ2倍になりました。
ベルリン市民たちは今年の春から、巨大不動産企業が所有している賃貸住宅24万戸をベルリン市が強制的に買い上げて公営住宅にすることを問う住民投票を求めて運動しました。市民側の主張は、住居は共有財であり基本的権利として保障されるべきというものです。
10月末現在、住民投票はまだ行われていませんが、ベルリン市議会は150万戸を対象に5年間の家賃引き上げ禁止や、1カ月の家賃の上限を1平方メートルあたり9.8ユーロ(約1,200円)に定めることなどを含む画期的な法案を成立させました。

 水道も住宅も、生きるために必要なものにアクセスする権利を保障しろという思想が運動の根本にあるのですね。
保団連、保険医協会・医会は、患者窓口負担の引き下げを求める取り組みなどを進めています。必要な医療へのアクセスを国の責任で保障するよう求めるものとして、通じるものがあると思いました。

 大変重要だと思います。次回、詳しく紹介しますが、再公営化など魅力的な政策はいずれも、「政治家お任せ」ではなく、根強い社会運動がなければ不可能なのです。(続く)

以上