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コロナ禍が見せた新自由主義の脆弱さ@

イギリス医療蝕む民営化

 

全国保険医新聞2020年9月15日号より)

 

病院の指導等は緊急時に限定

岸本聡子氏

 新型コロナウイルス感染症の拡大は世界中で医療システムを揺るがし、社会保障削減路線の脆弱さを浮き彫りにした。全住民への公平な医療提供を謳う国民保健サービス(NHS)を持つイギリスでは何が起こっているか。世界の公共政策に詳しい岸本聡子氏(オランダ・トランスナショナル研究所)に報告を寄せてもらった。(3回連載)

 

 イギリス首相のボーリス・ジョンソンが新型コロナウイルスに感染し、自分のケアに当たったNHSのスタッフの個人名を上げて涙ながらの感謝を述べた姿を見た人も多いと思う。
 緊縮政策を掲げ福祉を切り捨ててきた彼のような人でも命の危機にさらされたら改心するのかと私も騙されかけたが、私の連れ合いは、ジョンソン得意のポピュリズム的演技を見破り、英国究極のエリート政治家が変わるわけがないと一蹴した。

 

コロナ検査を外注

 事実、イギリス保守党はコロナ検査と陽性感染者との接触追跡プログラムのアウトソース(外部委託)請負大手企業セルコ(serco)などとの契約を8月23日に再更新した。セルコの仕事が問題視されていたにも関わらずだ。契約額は3億ポンド(約420億円)で、この金額は政府がNHSにつけた検査と追跡のための予算と同額である。

 

公的財源、人材を浪費

 陽性感染者との接触追跡については、NHSは各地で自前のネットワークを持って、保健の専門性を持つスタッフが資金難でも必死に作業に当たっている。統計によると コロナ陽性感染者との接触のために11万3,925人が追跡されたが、その実は90%がNHSの地元スタッフによって行われた。個人情報の管理の上でもデリケートな検査や追跡を専門性の乏しい民間企業に任せてよいのか。事実、 セルコはこの間、コロナ個人情報を漏洩させるスキャンダルを3回も起こしている。
 国民の疑問や批判が高まり、非効率で無駄な二重の仕組みを作ってまで企業にアウトソースをするのは、政権のアウトソース信仰イデオロギーへの固執でしかない。それに貴重な公的財源が使われているのだ。

 

切り売りされる 公的医療

 NHS(国民保健サービス)は、公共サービスをサッチャー政権下の1980年代に全面的に民営化したイギリスで、唯一かろうじて残っている公的な医療制度だ。120万人の医療保健に当たるスタッフを持つ全国的なネットワークだ。このうち、病院や救急車サービスなどを統合したNHSトラストという組織が全国に200以上あり、80万人のスタッフを雇用している。イングランドには約2,300のNHS病院があり、プライマリー・ケアを担うGP(General Practitioner)診療所が約8,000あるとされる。またNHSは介護ケアサービスも含んでいる。
 イギリス人はNHSを誇りに思っている人が多いと聞く。国民が最後の砦として なんとか守ろうとしているNHSの実態は、政府によって意図的に公的資金が削減され続け、コアな医療業務の周りにある多伎に渡るサービスのアウトソーシングが効率や経費削減の名の下に目一杯進んだ。
 政権保守党だけを非難することはできない。ブレア政権に始まった新自由主義と協調する「第三の道」もアウトソーシングによるNHSの事実上の空洞化に邁進したのだ。ぎりぎりの運営を強いられているNHS。そういうところにパンデミックが襲った。
 We Own Itというイギリスの公共サービス民営化問題に厳しく切り込む少数精鋭NGOと研究者のコラボ調査は検査と追跡プログラムのアウトソーシングの問題を明らかにした。それに先立って、まさにパンデミック危機下で医療現場に不可欠なガウン、手袋、マスク、キャップなどの個人用防護具(PPE)が圧倒的に不足し、しかも供給が滞った問題の原因も追求した。NHSの個人用防護具を始めとする器具や装備の調達を行う部門そのものが民営化されていたのだ。(続く)

以上

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