コロナ禍が見せた新自由主義の脆弱さA |
市場化が招いた防護具不足 |
(全国保険医新聞2020年9月25日号より)
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岸本聡子氏 |
イギリスが誇る公的医療制度、国民保健サービス(NHS)。緊縮政策の下で市場化が進み、独自に行われていた医療資材調達が専門性のない企業群に外部委託されていた。効率化などを名目に進められたはずの施策が、むしろパンデミックへの柔軟な対応を阻んだという。世界の公共政策に詳しい岸本聡子氏(オランダ・トランスナショナル研究所、写真)に報告してもらう。(3回連載)
新型コロナウイルスによるパンデミックの危機がなかったら、NHSにおいて、PPE(個人用防護具)を始めとする医療資材や機器の調達を行う部門そのものが民営化されていた事実に多くの英国民も世界も気が付きさえしなかっただろう。
もう少し正確に言うと、2006年より度重なるアウトソーシングを経て2018年にNHSサプライチェーン(NHS Supply Chain)という組織として再編。NHSの一部として公的所有の形式を取っているものの、実はその機能のほとんどが企業群にアウトソーシングされている。
パンデミック以降、イギリスでは治療に当たっていたNHSの医師、看護師、ケアスタッフが200人以上亡くなった。その多くはガウン、手袋、マスク、キャップなどのPPEがあれば避けることができた死であった。
ウィー・オウン・イット(We Own It) という公共サービス民営化問題に厳しく切り込むイギリスの少数精鋭NGOと研究者のコラボ調査が公表された。パンデミック危機下で医療現場に不可欠なPPEが圧倒的に不足し、しかも供給が滞った問題の原因を追及する詳細なレポートだ。
このレポートによるとNHSの購入は11分野の「タワー」が作られそれぞれ巨大なアウトソース契約が結ばれていた。4つはロジスティックス大手のDHLが担い、残りは2つの英民間企業、5つの英公営企業による。「準備不足の民営化されたNHSサプライチェーン」と題する報告書を各メディアは広く報じた。
NHSはヨーロッパで一番大きな公的医療組織であり、世界で5番目の人数を雇用する大組織だ。イングランドだけで約2,300のNHS病院があり、プライマリー・ケアを担うGP(General Practitioner)診療所が約8,000あるとされ、全国規模の購買力は巨大である。
NHSサプライチェーンは年間450万件の発注を抱える。中心的な役割を果たしているのはDHLで、PPEを含めた医療資材の調達を1社で40億ポンド(約5400億円)握っている。また、ユニパート(Unipart)もロジスティック担当で7億3000万ポンド(約990億円)の契約を持つ。PPEなどを備蓄しない「ジャストインタイム」方式が売りだ。コンサルティング業界ビッグ4の1つデロイトも登場する。もともと調達デザインのコンサルをしていたが、門外漢のPPEと検査センターのロジスティックスに乗り出した。
「タワー」の基本的なアイデアはNHSトラストが各地で独自に行っていた購入を一括で集権管理し、効率化を図って経費を削減するというもの。2023年までに24億ポンド(約3300億円)の節約目標を掲げる。
集権的ではあるが細かく別れた分野はそれぞれアウトソース契約でガチガチになって分断されている。パンデミックが襲った時、政治や行政の指示系統も責任体制も不明確、調整も働かなかった。
各社が契約以上のリーダーシップをとることも当然なかった。パンデミック下でPPE不足が伝えられると、多くのコミュニティー団体などがPPEの供給や提供を申し出たが、このような申し出を政府もNHSも生かすことすらできなかった。
効率化の名の下に複雑、無責任体制
人の健康と命に関わる医療の分野に企業の論理を持ち込み、効率化の名の下に不必要に複雑な仕組みを作り上げ、結果として無責任体制になってしまったNHSの調達。パンデミックでその弱さを露呈した。NHSの調達をNHSのスタッフと国民の健康に責任を持てる公的所有に戻すべきと報告書は結論する。では、どのように?(続く)
以上