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コロナ禍が見せた新自由主義の脆弱さB

公共の力再構築を

全国保険医新聞2020年10月5日号より)

 

岸本聡子氏

  イギリスが誇る国民保健サービス(NHS)。緊縮政策の下で効率化などを名目に進んだ市場原理導入策が、パンデミックの混乱を深めた様子を見てきた。どのような教訓が得られるだろうか。世界の公共政策に詳しい岸本聡子氏(オランダ・トランスナショナル研究所、写真)の報告、最終回。

 

 パンデミック下でのイギリスのNHSの有り様を、コロナ検査と追跡やPPE(個人用防護具)供給の民営化から前2回で見てきた。
 NHSが生まれてから70年、ほとんどの公共サービスを民営化したイギリスで、かろうじて公的所有を保ち、税金を財源にすべての人に原則無料で医療を提供するNHSを、多くの国民は大切に思っている。
 しかし「公」の看板のバックステージでは、多くのサービスがアウトソーシング(外部委託)されて、大きな契約が企業の手に渡っている実態を見てきた。

 

企業論理から離脱すべき

 この原稿を書いている折、ロンドンの聖トーマス病院などの医師や看護師らが15%の賃金引き上げを政府にもとめて、抗議デモを行ったというニュースが飛び込んできた。同病院は英首相ボーリス・ジョンソンがコロナに感染して入院した病院だ。血糊をつけてゾンビのようなジョンソンの写真を掲げる看護師の姿は衝撃的だった。
 NHSの医師や看護師の賃金は過去10年間据え置きで、インフレを考慮すれば実質的に20%も下がっていると訴える。NHS職員が地下鉄代も払えず、深夜バスで通勤し、生きるのが精一杯という証言に戦慄する。コロナ危機の最前線で働く医療従事者に拍手や賞賛を送っても社会はまっとうな賃金を払っていない。
 私は医療の専門家ではないが、水道や電力といった公共財を公共サービスとしてどのように供給するかという課題に取り組んできて、医療分野との共通項に気がつく。
 医療も自治体サービスも水も電気も廃棄物回収も、公的な領域は経費削減が絶対的な命題になっている。企業的な経営手法を取り入れるニュー・パブリック・マネジメントやアウトソーシングが画一的なレシピとして公的な領域に押し付けられてきた。
 しかし、パンデミックや災害時に安定供給が求められるのは、まさにこれらの分野だ。予測が難しいが必ず起こる危機に備えるには、専門性に基づく長期的計画、働く人のコミットメントが必須だ。人々の命と健康を守る分野は、コスト削減と「ジャストインタイム」の企業的論理から離脱すべきだ。

 

責任あるローカルな調達システムを

 私たちは、公的領域において、無駄を省き、透明性が高く責任ある、そしてイノベーションを追求する運営は、企業的論理に頼らなくても可能だと証明するために、世界各地の経験を紡いできた(※)。そして市民、労働者、利用者、議会による監視や参加を強化する開かれた公的所有のあり方を探ってきた。
 前回も触れた「準備不足の民営化されたNHSサプライチェーン」報告書を手がけたウィー・オウン・イット(We Own It)も、このようなNGOや研究者の国際的な連合体のメンバーだ。
新自由主義の実験場もしくは見本市のようになってしまったNHSの本質的な公的所有を取り戻すには、公的領域のキャパシティーつまり倫理、人、知識を再構築する必要があると報告書も提案している。アウトソーシングをやめてインソーシングし、トレーニングを含めた長期的な人への投資が不可欠だ。
 PPEなど医療資材の調達部門は意思決定や責任の所在が明確で、地域との調整がとれた統合性の高いシステムでなくてはいけない。パンデミックでグローバルなサプライチェーンの脆弱さは明らかになった。同報告書はNHSの各地方機関組織が中心となりPPEの独自生産も視野に入れた上、地域の企業やコミュニティー団体から調達するローカルなサプライチェーンを強化することを提案する。
 NHSの調達の共通原則は節約、削減、企業の利益ではなく、人々の命と安全が最優先でなくてはいけない。(了)

以上

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