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高齢者負担増を考えるE
EU諸国並みの社会保障に必要な追加費用

全国保険医新聞2021年10月25日号より)

 

 政府は75歳以上の窓口負担を現在の1割から2割へと引き上げることを決めた。高齢者負担増をどう考えるべきか。佐久大学特任教授の唐鎌直義氏に連載で解説してもらう。(最終回)

 

 日本の社会保障を欧米の先進工業諸国並みに引き上げるには、あといくら必要か。この連載の締め括りとして、追加費用の推計を試みる。
 最初に、1人当り国民所得が日本に近く、国の経済力が日本とほぼ同等のフランスを目標国として選ぶ。2015年現在のフランスの1人当り国民所得は3万7,402ドルで、日本のそれは3万5,614ドル。フランスを100.0とすると、日本は95.2。わずかに日本が劣るけれども、この程度の違いならば、経済力の点でフランスにできていることは日本にも当然できるはずだ。
 推計した結果が表1である。日本の社会保障をフランス並みに引き上げるためには、社会保障全体であと78兆5,000億円余を追加する必要がある。日本の経済力がフランスよりも少し低いことを考慮して、この金額の95.2%の水準に引き下げると、74兆7,000億円余となる。現在の社会支出の総額に、その50.4%を上乗せしなければならない。

 

年金、介護、医療、失業分野いっそう充実を

 フランスに比べてどの分野が遅れているかは、引き上げ率の欄を見れば一目瞭然である。失業、積極的労働政策、住宅の3分野が非常に遅れている分野である。現在の給付額の5倍から8倍の給付額を追加しなければフランス並みにはなれない。次いで、生活保護・その他、家族、障害・労災の3分野がかなり遅れている分野である。現在の給付額を約2倍に引き上げなければならない。残った遺族、高齢、保健の3分野はやや遅れている分野だが、それでも22%から45%の引き上げが必要である。
 引き上げ率ではなく、実現可能な追加費用の大きさ(金額)で見ると、全く異なる側面が見えてくる。
 大きい順に並べると、高齢(19兆7,000億円)、保健(11兆1,000億円)、家族(10兆7,000億円)、失業(9兆7,000億円)が追加費用のトップ4分野となる。この4分野で51兆3,000億円に達する。
 他の5分野は生活保護・その他の3兆2,000億円から積極的労働政策の5兆7,000億円まで、トップ4分野の半分以下の追加費用で済む。その合計額は23兆1,000億円に上る。要するに、必要な追加費用74兆円余の約70%を年金、介護、医療、失業に充てなければ、日本の社会保障はフランス並みにはなれないということである。
 フランス以外の4カ国に関しても、それぞれの目標国のレベルに到達するためにはあといくら追加費用が必要となるかを推計したのが表2だ。
 スウェーデン並みに到達するためには97兆1,000億円、ドイツ並みに到達するためには47兆6,000億円、イギリス並みに到達するためには25兆3,000億円、追加が必要である。自己責任の大国アメリカ並みを目指したとしても、55兆9,000億円の追加費用が必要だ。  果たしてこれで日本は福祉国家の一員と言えるのか。

 

社会保障の後進性を超えて

 この追加費用の巨額さは、日本の社会保障が欧米に比して今なおどれほど遅れているかを表す数字であり、また日本国民がどれほど政府に欺かれ続けてきたかを表す数字でもある。お茶を濁す程度の、わずか数千億円規模の「全世代型社会保障への転換」ではお話しにならない。貧困解決型の真の福祉国家を目指して、日本の経済力をそこに集中しなければならないことを物語っている。
 日本の社会保障制度は、それが1つの独特なタイプ(型)として研究されるようなものではない。その水準が今も余りにも低いという後進性にこそ問題がある。見捨てられた古臭いテーマが、克服されずに放置されていることが問題なのだ。日本の識者は目を覚ますべきだ。

 

表1 フランス並みの社会保障水準に要する追加費用(2015年)

社会支出9分野 必要な追加費用 実現可能な追加費用
(ドル) (円) (円) 引き上げ率
高齢(年金・介護) 1996億5681万 20兆9639億6505万 19兆7006億5473万 29.2%
遺族(遺族年金) 369億8770万 3兆8837億850万 3兆6972億9049万 45.2%
保健(医療) 1112億1908万 11兆6780億340万 11兆1174億5924万 22.1%
障害・労災  563億1346万 5兆9129億1330万 5兆6290億9346万 82.8%
家族(児童手当) 1078億9147万 11兆3286億435万 10兆7848億3134万 115.6%
失業(失業手当) 973億9669万 10兆2266億5245万 9兆7357億7313万 852.3%
積極的労働政策  574億6532万 6兆338億5860万 5兆7442億3400万 569.9%
住宅  477億3845万 5兆125億3725万 4兆7719億3546万 623.0%
生活保護その他  326億3621万 3兆4268億205万 3兆2623億1555万 142.0%
計  7476億8915万 78兆5073億6043万 74兆7390億713万 50.4%
※追加費用は、分野毎の国民1人当り社会支出の差額(フランス−日本)×日本の総人口1億2,798万5,133人(2015年)で算出
※実現可能な追加費用は、(日本の1人当り国民所得÷フランスの1人当り国民所得)で算出した乗率0.952を追加費用に乗じて算出
※引き上げ率は、{(フランスの国民1人当り社会支出−日本の国民1人当り社会支出)×0.952}÷日本の国民1人当り社会支出で算出
※米国・ドルの日本円への換算は1ドル=105円とした

表2 社会支出の実現可能追加額と引き上げ率(引き上げ目標国別)

引上げ目標国 必要な追加費用 実現可能な追加費用
(ドル) (円) (円) 引き上げ率
スウェーデン並み 1兆3522億9091万 141兆9905億 97兆1641億3032万 65.6%
フランス並み 7476億8914万 78兆5074億 74兆7390億713万 50.4%
ドイツ並み 5358億7375万 56兆2667億 47兆6860億6533万 32.2%
イギリス並み 2943億6580万 30兆9084億 25兆3346億9611万 17.1%
米国並み 8724億7465万 91兆6098億 55兆9736億1117万 37.8%
※表1と同様の手法で実現可能な追加費用を算出。目標国別の乗率は、スウェーデン(0.684)、ドイツ(0.848)、イギリス(0.820)、
米国(0.611)

以上

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