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斎藤幸平氏インタビュー・後編

海外で広がるジェネレーション・レフト―日本での可能性は

全国保険医新聞2021年12月5日号より)

 

経済思想家・斎藤幸平
1987年生まれ。大阪市立大学大学院准教授。専門は経済思想。マルクス研究界最高峰の「ドイッチャー記念賞」を史上最年少、日本人初で2018年に受賞。

 海外ではジェネレーション・レフト(左派世代)と呼ばれる若者が中心となった社会運動が活発化し、経済格差や気候変動、ジェンダー問題など多彩なイシューで政治を動かしている。一方、日本では若者の保守化、政治離れなど対照的な状況が話題になる。社会保障を削減し、格差を広げてきた政治を問う声は、コロナ禍での一時の盛り上がりに過ぎなかったのか。著書『人新世の「資本論」』が40万部を超えるベストセラーとなっている若手の経済思想家、斎藤幸平氏(大阪市立大学大学院准教授)に話を聞いた。(次号で、新しい社会のビジョンについて聞いた後編を掲載)

 

新しい社会のビジョンがカギ

ジェネレーション・レフトとはどのような人たちですか。

 今、顕著なのは、米国です。バイデン大統領が昨年、200兆円規模のコロナ・気候変動対策を発表しました。この背景には、大規模財政出動による貧困問題・気候変動対策を民主党の主流派に飲み込ませた、若者たちの声があったのです。
 例えば、20代で下院議員に選出されたアレクサンドリア・オカシオ=コルテスは、もともと「米国民主社会主義者」という政治団体のメンバーでした。若者たちから絶大な支持を受けながら、同じく民主社会主義者を自称するサンダースと共に、気候変動と経済的不平等の両方に対処する「グリーン・ニューディール」を訴えてきたのです。
 あるいは、最も有名なのは、グレタ・トゥーンベリ(18歳)でしょう。地球環境と未来の世代の生存が脅かされる状況に至るまで、どうして気候変動を放置したのか、という大人たちへ向けられた彼女の怒りと問いかけは、「未来のための金曜日」などの環境運動を生み出していきました。
 この他にも、ブラック・ライヴズ・マターや#MeTooなど、多彩な社会運動が展開されるようになったのです。
 こうした新しい社会的・政治的局面を生み出しているのが、ミレニアル世代(1981〜95年生まれ)や、さらに先鋭化したZ世代(90年代後半以降生まれ)と呼ばれる、ジェネレーション・レフトたちです。

日本では、総選挙で10代や20代で自民党支持が高いなど、若者の保守化や政治離れが指摘されます。欧米との違いをどう考えますか。

 ジェネレーション・レフト現象を分析した政治理論家キア・ミルバーンの議論を参考にしてみましょう。
 ミルバーンは世代形成と「出来事」との関係を強調します。ここでいう「出来事」とは、社会のコモンセンス(常識、共通感覚)を打ち破るような変化が突如として起こるような瞬間、要するに、不意打ちでやってくる世界を揺るがす歴史的大事件のことです。その意味では、新型コロナ・パンデミックはまさに出来事です。
 出来事に直面したとき、人々は自らの経験や価値観を手掛かりに、状況を解釈し、秩序を再構築しようと試みます。出来事がどのように経験されるかは、階級、ジェンダー、人種などによって異なり、それが世代を特徴付けていくのです。
 コロナ禍で新自由主義というコモンセンスが揺らいだのは確かです。市場に任せればうまくいく、社会保障はお荷物、自己責任が全て、といった新自由主義の教義は、危機の瞬間には完全に機能不全に陥りました。
 では、低賃金や非正規雇用の人が多く、コロナ不況でより大きな打撃を被ったはずの日本の若者はなぜ保守化してしまうのでしょうか。それはこれまでの秩序に代わる魅力的なビジョンが不在だからです。
 世代が左傾化するか、保守化するかは、出来事のショックの中で、彼らがどのような社会的・政治的可能性を参照できるかに大きく左右されます。魅力的な代替案、未来を展望するストーリーが準備されていなければ、既存の秩序の中で恩恵を受けていなかった人々さえ、以前の生活に戻ろうと保守化してしまうのです。

日本になくて欧米にあったビジョンとはどのようなものでしょうか。

 深刻化する経済格差や気候変動を前にして、行き過ぎた資本主義=新自由主義の微修正ではなく、そもそも資本主義ではない世界を描いていこうという議論が多彩に出てきています。日本でも有名なところでは、ナオミ・クラインやトマ・ピケティのような著名な論者たちが「ソーシャリズム(社会主義)」という言葉を重視し、積極的に用いるようになっている。
 むしろ、先進資本主義国で議論が盛り上がっていないのは、日本くらいに見えます。欧米では、環境に配慮しながら経済成長を続けようという「緑の資本主義」に対して、経済成長を前提する限りもはや地球は救えないという「脱成長」派がせめぎ合い、政治的な妥協点を探っています。
 選挙や議会政治はもちろん重要ですが、その前提として、草の根の社会運動のような議会外の行動がなければ、所与の社会的・政治的可能性を突破できないのです。

 

コロナから積極的な展望を

現在の日本は、コロナ禍をきっかけとしたジェネレーション・レフトが台頭できる状況にはないということでしょうか。

 コロナ・ショックが、どのような世代を生み出していくのか、現時点では断言できません。先ほどのミルバーンによれば、歴史的な出来事は「一度目は悲劇として」経験されます。
 ミルバーンは、ジェネレーション・レフトの素地を作ったのは、2008年のリーマンショックだと分析しますが、この出来事は当初、人々にとってただ受動的に経験されるのみでした。大きなショックに茫然自失してしまったのです。
 しかし、この経験は11年から始まった、ウォール街占拠運動やバルセロナの座り込みなど世界的な抗議運動という、第2の出来事によって補完され、新たな世代形成につながっていったのです。
 抗議運動に参加した人々は、これを能動的・積極的な出来事として経験したという事実が重要です。こうした経験が、西欧諸国での左派政党の躍進や米国でのサンダース現象など、2014年以降の「左派ポピュリズム」という政治現象を生みました。ミルバーンの言う「選挙論的転回」です。
 私たちはまだ、コロナという出来事を受動的に経験したばかりです。そもそも、いまだ終息も見通せません。
 失業や倒産などで苦境に立たされた人々や、学校に行けず、一度きりの大切なイベントが中止された学生たち、しかもそれを自分たちで決定したのではなく、無能な政治のツケを払うような形で経験した若者たちが、今後どのような「コロナ世代」を形成していくのか、可能性は開かれていると思います。
 政治学者エリカ・チェノウェスは、ガンディーなどに言及しながら、3.5%の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わると実証しています。選挙で過半数というと遠い目標のように感じても、3.5%なら届きそうな気がしてきませんか?

希望もありますね。

 ただし、大人たちが若者に期待するばかりでは無責任というものです。
 まず大人が海外のジェネレーション・レフトを手本に不正に声を上げるべきです。「Z世代」とは、単なる年代ではなく一つの価値観だと言われます。経済格差や気候変動は、年代を超えた脅威です。私たち大人が新しい価値観を学び、Z世代に加わりましょう。
 ジェネレーション・レフトは、作り出されなくてはならない政治的プロジェクトでもあるのです。そのために、左派やリベラル、草の根の社会運動は、コロナ・ショックを積極的に教訓化し、新しい社会を展望する大きなビジョンを構築していく必要があるでしょう。
(続く)

『人新世の「資本論」』斎藤幸平著/集英社 『ジェネレーション・レフト』キア・ミルバーン著/斎藤幸平監訳・解説/掘之内出版

以上

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