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斎藤幸平氏インタビュー・後編

気候変動と経済格差への処方箋―脱成長コミュニズムという展望

全国保険医新聞2021年12月15日号より)

 

経済思想家・斎藤幸平
1987年生まれ。大阪市立大学大学院准教授。専門は経済思想。マルクス研究界最高峰の「ドイッチャー記念賞」を史上最年少、日本人初で2018年に受賞。

 若き経済思想家・斎藤幸平氏のインタビュー後編。世界では経済格差や気候変動を前に社会変革を求める若者の運動が盛り上がりを見せる(前編)。長期経済停滞や削減が続く社会保障、追い打ちを掛けるコロナ禍など、日本社会の危機を抜け出す展望をどう描くか、前号に続いて聞いた。

 

 岸田政権の看板政策だった看護、介護などのエッセンシャル・ワーカーの給与引き上げも尻すぼみです。しかし、コロナ禍の中、今後の社会を考える上で、社会保障分野の抜本拡充は不可欠ではないでしょうか。

 そう思います。コロナ禍の教訓の一つは、この社会にとって必要不可欠なケアの領域を軽視してきたということです。
 感染爆発の時期にも、医療や介護従事者は感染リスクにさらされながら人々の健康を守ってくれました。子どもたちの心身の安全、教育の機会を保障するために教員たちも奮闘しました。彼らが働くためには保育園や学童保育所の存在は不可欠です。
 しかし、ケア労働をはじめとしたエッセンシャル・ワーカーの多くは低賃金や人手不足による過酷な長時間労働を強いられてきました。
 一方、コロナ禍にもかかわらず、株価は歴史的な高値を記録しました。富める者たちは安全なテレワークで働きながら、株高を利用して、さらに富を増やしています。
 コロナ後の社会を展望するとき、エッセンシャル・ワークこそが重視されるようになるべきです。人間らしい働き方が保障され、それによってサービスの質を守っていく必要があります。
 今、世界ではケア労働従事者たちが、際限ないコストカットを強いる資本主義の論理に対抗して立ち上がっているのです。

経済に振り回されるのをやめ、人と自然のケアを

 医療分野に関する展望はそれだけではありません。コロナのようなパンデミックの再来を根本的に防ぐために注目されているのが「ワンヘルス(One Health)」という考え方です。人、動物、自然環境の3つの健康を1つのものとみなして守っていくというものです。
 原生森林を切り開いていけば、未知のウイルスと接触するリスクは当然増えます。単一種・集約型の工業型畜産は家畜の健康を害し、動物由来の感染症発生リスクを高めます。新興感染症から人の命を守るには、人間の身体だけでなく、自然環境全体をケアしていく視点が求められるのです。
 私たちは、人間の経済活動が地球をすみずみまで覆いつくした時代を生きています。地表はビルや工場、道路、ごみ処理場で埋め尽くされ、大気や海洋の汚染も深刻化しています。この状況は新しい地質年代として「人新世」と呼ばれています。
 人新世において、医学者や医療従事者は、自然科学者や環境活動家たちと連携して、“行き過ぎた経済活動由来の感染症”を予防する展望を打ち立てることが求められています。

斎藤さんが提唱する新しい社会のビジョンは、『人新世の「資本論」』で論じた「脱成長コミュニズム」ですね。

 人新世の危機が示すのは、有限の地球において無限の経済成長を目指す資本主義が持続不可能だという事実です。
 GDPの数値を引き上げなければ豊かな暮らしができないという常識を問い直してみるべきです。
 脱成長というと、清貧に甘んじろという話だと誤解されますが、そうではありません。資本主義社会は、際限ない利益拡大を追い求めた結果、既に過剰な生産、不要な商品で溢れているのです。
 例えば、スマートフォンは次々と新しいモデルが出ますね。でも、毎度そんなに革新的な機能はありますか? ファストファッションは、ファッションの楽しみを身近にしてくれましたが、毎シーズン新しい服を作って破棄するサイクルはやりすぎです。2000年からの15年間で、世界人口は2割程度しか増えていないのに服の生産量が2倍になっています。さすがにおかしい。
 しかし、渋谷の広告塔や電車の吊り広告は、私たちを必要もない消費に駆り立てます。そして、先進国の過剰生産の陰で、途上国ではスマホにつかうレアメタル採掘が土地を荒廃させています。アパレル業界は製造・輸送過程での海洋汚染やCO2排出でいまや世界第2の汚染産業です。
 こんな暮らしは明らかに持続可能ではない。
 経済成長を目的とする資本主義では、必要もないものを安く大量に作って売るというサイクルからは抜け出せません。
 脱成長とは、まずもって経済に振り回されるのをやめようという立場です。法律で過剰な安売り競争に歯止めを掛けるべきだし、安売りを支えている低賃金・不安定雇用や長時間労働を規制すべきです。これらはグローバルな課題でもあります。
 生活に必要不可欠なものを基準に、生産のあり方をコントロールしていけば、自然と脱成長につながります。

エッセンシャル・ワーカーに人間らしい働き方を保障するという話にも通じますね。

 その通りです。ケア労働などの分野はそもそも合理化・コストカットに不向きです。
医師や看護師、教師や保育士らの仕事は、担当する人の数を2倍、3倍に増やしていけば、生産性が向上するという性質のものではありませんよね。むしろサービスの質を低下させ、破綻を招きます。ケア労働の拡充はそれ自体、脱成長社会に通じるのです。

 

民営化=私物化を脱して公共財の領域広げる

脱成長の主張とコミュニズムはどうつながるのでしょうか。

 今の日本でコミュニズムと聞くと、ぎょっとするかもしれませんね。私の提案はこうです。
 民主的に管理され共有される社会的な富のことを、「コモンcommon」(=公共財)と呼んでいます。水や電気、医療や介護、そして自然環境など、人々が豊かに生きていくのに必要不可欠なものが本来これにあたります。医療分野になじみのある表現では、宇沢弘文の「社会的共通資本」を思い浮かべてもいいです。
 「コモンcommon」の領域を広げ、社会を民主的に管理していく、そのような意味で「コミュニズムcommunism」を、私は提案しています。 世界では今、一度は民営化された水道や電力、住宅事業などを再び公営化し、自治体や住民による自主的な管理を取り戻す動きが広がっています。これらはまさにコミュニズムの実践と言えます。力点は、市民自身が管理するという点にあります。
 市民が市民のために行う事業では、株主配当も必要なく、利益拡大そのものが目的ではありませんから、自然と経済成長は二の次になります。
 そもそも資本主義は、コモンを囲い込み、民営化することで利潤追求の道具にしてきました。民営化というと、不当に独占されていたものが、民の元に戻されたかのような錯覚を起こしますが、民営化と訳されている「privatization」という言葉は本来の語義から言えば「私物化」ですね。
 公共財が私物化され、市場で商売の道具にされることで、経済力の弱い人は生活必需品へアクセスできず、苦境に立たされてきました。
 先進国の貧困問題は、富が偏りすぎているために、サービスや必需品にアクセスできないという問題です。コモンの拡大で、大胆な格差是正策が描けます。財源がないというなら、これまで軽減されてきた大企業や富裕層への課税を強化しましょう。金融資産課税もいいでしょう。
 コモンの拡充にはさらに多彩な可能性があり得ます。今日では、インターネットの無償化も求めていいでしょう。GAFAに代表される巨大プラットフォーマーによって囲い込まれ商売道具にされている個人情報、人やモノの繋がりも、公有化し私たち自身の管理下に取り戻し得るものです。
 資本主義の下で、私たちは、無制限な利益追求のために、不要なものの生産と消費に追い立てられ、環境破壊も止められなかった。他方で、水や電気、住宅など、生きるのに必要不可欠なものに高い利用料が設定され、貧困が生まれている。こんな経済は馬鹿げています。
 脱成長とコミュニズムが、経済格差と気候変動という現代社会の二大危機を乗り越え、人々が真に豊かな生活を取り戻すビジョンになると、私は考えます。

『人新世の「資本論」』斎藤幸平著/集英社

以上

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