高薬価問題を考える
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遺伝子技術を用いた新型コロナワクチンから難病の治療法など日進月歩の先進医療に関する薬価、治療費の問題を名古屋大学名誉教授の小島勢二氏(写真)が解説する。(4回連載)
アビガンはRNAポリメラーゼの阻害により、抗ウイルス効果を発揮するが、催奇性が懸念され、新型インフルエンザ感染症に対してのみ、国の判断で使用が認められた薬剤である。
安倍元首相が、2020年5月中に新型コロナへの適応拡大を目指すと表明してから、すでに1年半以上経過するが、未だ承認の目処はたっていない。コロナへの有効性が確認されていないのにもかかわらず、安倍政権下では、アビガンの備蓄分購入費として139億円が計上され、さらに外務省の主導で海外の40カ国あまりに無償供与された。
アビガンは、観察研究という名目で、2021年の2月末までに1万人を越える患者に投与された。その効果は、主治医の主観により改善、不変、増悪の3段階で判定されたが、投与開始14日後に改善ありとされたのは、軽症例が86.5%、中等症例が77.2%、重症例が60.4%であった。
藤田医科大学が行った特定臨床研究では、主要評価項目としてアビガンを試験開始日から10日間投与するA群と、6日目から15日まで投与するB群とで、6日目におけるウイルスが消失した患者の割合を比較した。69人で評価可能であったが、ウイルスが消失したのは、A群が66.7%、B群が56.1%と両群間で有意差はみられなかった。
安倍元首相は国会で“薬事承認の審査にあたっては治験成績の提出を必要とせず、観察研究や臨床研究の結果で承認可能”と発言し早期承認を目指したが、薬事審議会での承認は得られず、アビガンの承認は、富士フィルムの実施する企業治験の結果を待つことになった。
企業治験はアビガン投与群の107例と偽薬群49例を対象に比較試験で行われた。一般に、薬剤の承認を目指す第3相試験では、2重盲検試験が採用されるが、この治験では前もって担当医に本薬か偽薬かを知らせる単盲検試験であった。主要評価項目は体温、酸素飽和度、X線像などの改善にかかる日数であるが、その中央値はアビガン群では11.9日、偽薬群では14.7日で、アビガンの投与によって有意に短縮した。しかし、症状の悪化や効果が不十分であることを理由に治験薬の投与が中止されたのは、アビガン投与群では2例(1.9%)のみであったが、偽薬群では10例(20.4%)と多く、審議会では単盲検の試験デザインが問題となった。また、効果不十分により治験が中止された症例も観察期間の最終日である28日目で打ち切りとしたことで、アビガンの有効性を、過大評価しているとの指摘もあった。
その結果、この試験では有効性の判断が困難とされ、富士フィルムは、新たに2重盲検治験を開始する必要性に迫られた。この治験は2021年の10月末には終了する予定であったが、12月になった現在も終了の報告はない。なお、この治験の経費として、国は14億円を補助している。
2021年11月には、カナダの製薬企業アピリ・セラピューテイクスから米国、メキシコ、ブラジルで行ったコロナ患者に対するアビガンの治験の結果が発表された。症状が発現してから3日以内の軽症と中等症患者1,231人を対象に2重盲検試験が行われた。主要評価項目として、症状が回復するまでの日数を比較したが、アビガン群は偽薬群と比較して、統計学的に有意な短縮は得られなかった。
ファイザーが開発した経口コロナ治療薬パクスロビドは、入院や死亡を89%減少させる有効率が得られており、アビガンの治験結果が、これを凌ぐとは考え難い。有名人を使ってアビガン待望論のキャンペーンを張ったメデイアや、薬事承認への政治の介入など、アビガンの承認を巡っての動きを検証することは、今後、健全な薬事行政がわが国で行われる為には必要不可欠と思われる。
以上