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物語の中の社会 フィクションから今を知る
第2回 ハラスメントの物語

全国保険医新聞2022年4月15日号より)

 

文筆家・西口 想

 広がる格差と貧困、つづく差別や偏見、ハラスメントなど、誰もが不安を抱えながら暮らす現代社会。文筆家の西口想氏が、そうした今のリアルを踏まえた映画・小説などを紹介し、より良く生きるヒントを探る。

 

 低賃金や長時間労働などの問題は昔からあるが、「ハラスメント」という問題の歴史は浅い。この20年ほどで急速に認識が広がり、近年は法整備も進みつつある。現在の基準でハラスメントとなる言動は昔から存在したが、人びとの人権意識のほうが大きく変化し、それを許さないという社会規範が生まれた。
 50代より上の世代にとっては、若い頃と現在とで職場で求められる言動や考え方は大きく変わっている。ハラスメントをめぐる情勢の変化についていけないと感じる人も少なくないはずだ。ただ、ハラスメントは今、最も重大な労働問題だといっても過言ではない。被害者が心身に負う傷は一生癒えないこともある。「昔はOKだったのに……」という認識は時代遅れであるだけでなく、自らの立場を危険にさらす。ハラスメント問題を考える入口として、様々な視点が織り込まれた映画を観るのはオススメだ。

性暴力被害者をからめとるもの

『スキャンダル』より  Academy Award® is the registered trademark and service mark of the Academy of Motion Picture Arts and Sciences. Bombshell (C) 2019 Lucite Desk LLC and Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved. Artwork & Supplementary Materials (C) 2020 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 『スキャンダル』(2019年)は、アメリカの放送局、FOXニュースで実際に起きたセクハラ事件に基づく物語。登場人物の多くが実名で出てくる。業界の帝王として恐れられるCEOロジャー・エイルズの長年のセクハラと性暴力を、有名キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が告発し、社会に激震が走る。
 絶対的な権力者によるハラスメントを周囲の人間が保身のために隠蔽し、被害者を黙らせ、泣き寝入りさせる。この構造は日本のセクハラ事件にもよく見られる。
 本作がリアルを映していると思うのは、次々現れる被害者たちも一枚岩になれないところだ。今の労働者は多様な雇用形態や働き方のなかで互いに競争させられ、労働組合も弱体化している。「被害者」というレッテルを貼られることを避けたい心理も働く。団結や連帯が難しい厳しい状況だが、主人公たちは今にも切れそうな紐帯をつなぎ、加害者に罪を償わせる。

ハラスメントの中で生まれる芸術を問い直す

『セッション』より  (C)2013 WHIPLASH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 音楽が好きなら、名門音楽大学を舞台にした『セッション』(2014年)を観て、パワハラと文化の関係を考えるのはどうだろう。この作品は、カリスマ教授のバンドにスカウトされた男子学生の視点から、ハラスメントと一体化した苛烈な指導を観客が追体験する作りになっている。閉じた組織のなかで心身ともに支配される過程を描く「パワハラの教科書」みたいな作品だ。
 この映画で教授が繰り返すような、芸術のために暴力を肯定する論理は、音楽界だけでなく映画や演劇、美術や文学の世界にまで幅広く共有されている。しかし、その芸術観こそが目の前の人権侵害を黙認し、背景にある権力勾配を増幅させてきた。
 昨今、日本の映画・演劇界でもハラスメントや性暴力被害の告発が続いているが、一観客やファンである私たちの姿勢も問われているはずだ。もう傍観や黙認はできない。

『スキャンダル』ブルーレイ2,200円(税込)、DVD1,257円(税込)発売中/発売・販売元:ギャガ 『セッション』ブルーレイ3,080円(税込)、DVD1,980円(税込)発売中/発売元:カルチュア・パブリッシャーズ/販売元:ギャガ

以上

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