2005年1月23日 J 新・予防給付及び地域支援事業の創設について 政府は、介護保険制度を大幅に見直す法案を今通常国会に提出し、2006年度からの実施を予定しています。見直しは、「給付の効率化・重点化」を軸に行われ、@介護給付費の抑制、A利用者の負担増(施設利用に係る居住費・食費の全額自己負担化等)を内容とする大幅な制度「改正」となっています。 上記@の「介護給付費の抑制」においては、「予防重視型システムへの転換」を図るとして、新・予防給付及び地域支援事業を創設し、これらを介護保険制度に位置づけ、介護保険から給付するとしています。 新・予防給付及び地域支援事業の創設は、介護認定者の5割を占める要支援や要介護度1等の軽度者を介護保険給付から除外するよう求める財界の意向に端を発したもので、軽度者を「介護給付」から除外することによって厚生労働省は、将来の介護給付費を約2割削減できるとの試算を示し、今回の制度「改正」の目玉に位置づけています。 新・予防給付及び地域支援事業に盛り込まれる事業には、老人保健法に基づく保健事業(国庫負担3分1)、介護予防・地域支えあい事業及び在宅介護支援センター運営事業(いずれも国庫負担2分1)として公費で実施されている事業が挙げられており、これらを介護保険制度に吸収し、高齢者等の介護保険料に肩代わりさせるものです。同時に、介護保険料滞納者については、その利用を制限することになります。 介護予防事業の充実・強化は重要な課題ですが、これを介護保険制度に吸収することとは別の問題です。保健事業の介護保険化、福祉事業の一層の介護保険化が今回の「改正」で実施されるならば、憲法25条に基づきすべての高齢者を対象に推進されてきたわが国の老人保健福祉制度の根幹を揺るがすことになるでしょう。 老人保健法に基づく保健事業、介護予防・地域支えあい事業、在宅介護支援センター運営事業は、従来通り、国及び地方自治体の責任により、公衆衛生並びに老人福祉事業としてさらに充実を図るべきです。また、その中で予防事業の蓄積を得て、介護予防効果の評価に関する研究を政府においてすすめるべきです。 K 新・予防給付(仮称)の創設について 1、新・予防給付創設の理由について 厚生労働省は、「介護給付」が「軽度者の状態の改善・悪化防止に必ずしもつながっていないとの指摘がある」として軽度者を「介護給付」から除外し、新・予防給付を創設する理由としたが、これは、日医総研・川越雅弘氏らの「介護サービスの有効性評価に関する調査研究」(2003年7月)のデータを恣意的に利用したものであると言わざるを得ません。 同調査研究の結果は、要介護1および2の者については、「施設」に比べて「在宅」の方が悪化率は低く、逆に改善率、維持率は高い状況であったと指摘しています。ところが厚生労働省は、「在宅」「施設」のデータを混在させたデータを示して「在宅」の改善率、維持率を覆い隠し、マスコミ等を通じて「介護給付」抑制を合理化する世論づくりをすすめたのです。 「介護給付」の効果を検証するためには、同程度の介護度の者について、「介護給付」をまったく受けない群と受ける群とに分けた上で、その後の要介護度を比較することが最低限必要です。新・予防給付創設については、これを白紙に戻した上で、介護予防に係る科学的な検証を求めます。 なお、厚生労働省がまとめた「介護給付費実態調査報告」(2002年度分、2003年度分)では、他の介護度の者に比べ、要介護1の重度化率が最も低く(18%台)、維持及び改善率は最も高い(83%程度)との結果が出ていることを付け加えておきます。 2、新・予防給付による介護予防・自立の後退の恐れ 新・予防給付の創設は、軽度者の介護予防・自立をむしろ後退させる恐れがあります。 要支援・要介護度1等の軽度者のうち、新・予防給付だけで自立した生活を維持できない者が少なくないとの指摘(「シルバー新報」調査 2004年8月)があるように、介護予防と「介護給付」とは相反するものではなく、訪問介護、通所介護等の「介護給付」を制限する理由はどこにも見当たりません。 こうした批判を受けて厚生労働省は、「介護給付」との併給をあくまで禁止した上で、新・予防給付の中に「予防訪問介護」「予防通所介護」「予防通所リハビリテーション」(いずれも仮称)、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導等の既成サービスを設ける方向ですが、新・予防給付の創設は、もともと軽度者への給付削減を狙ったものであり、現に、介護予防サービスの報酬は「介護給付」の3分1程度に抑制する意向が示唆されています(全日本民医連への厚生労働省の回答 2004年12月14日)。 低劣な報酬のもとでは、軽度者の介護予防と自立支援に向けた取り組みは低水準かつパターン化したものとならざるを得ないでしょう。 さらに、一次判定区分を左右することにより、軽度者に区分される被保険者数を増やしてしまうこともでき、財政削減を狙った恣意的な制度運営は、介護保険制度への国民の不信を助長する結果とならざるを得ません。 3、新・予防給付の新規メニューについて 新・予防給付として、新たに筋力トレーニング、栄養改善、口腔機能の向上が挙げられています。これらは「介護予防・地域支えあい事業」等で公費で実施されており、また、栄養改善、口腔機能の向上については、居宅療養管理指導の充実で対応でき、ことさらに新・予防給付とする理由はありません。 また、新・予防給付の対象者の選定は行政処分(保険給付区分の決定)として行うとしており、利用者の「自己決定」「選択の自由」を謳う法の主旨にも反します。 これらの新規メニューについては、厚生労働省に設けられた介護予防サービス評価研究委員会等において「科学的に有効」であるとの評価を得た成果を生かし、市町村の「介護予防・地域支えあい事業」等としてさらに充実を図るべきです。 L 地域支援事業(仮称)の創設について 1、福祉事業、保健事業の介護保険化とも言うべき「改正」 介護保険制度に創設される地域支援事業は、要支援・要介護状態になる前からの介護予防が重要として、@現行の老人保健事業(国庫負担3分1)、A介護予防地域支え合い事業(国庫負担2分1)、B在宅介護支援センター運営事業(国庫負担2分1)を再編し、これらを介護保険制度に吸収し、介護給付費の3%を上限に設ける「地域支援事業交付金(仮称)」を事業費に充てようとするものです。言わば福祉事業、保健事業の介護保険化とも言うべき「改正」であり、これにより、国の費用は約400億円削減される一方で、介護保険料の負担は約1,000億円もの増加が見込まれます。 地域支援事業の根拠については、介護保険法の「保健福祉事業」(市町村の任意事業)としているが、「改正」によりこれらが義務化されます。 上記3事業を再編した地域支援事業の内容として、@介護予防事業、A介護費用適正化事業、B総合相談・支援事業、C権利擁護事業(成年後見制度利用支援等)、D高齢者虐待防止事業、E介護家族支援事業、F地域ケア支援事業(支援困難事例等への指導・助言等)が挙げられており、これらを保険制度で実施することは、乱暴の極みと言わざるを得ません。 2、老人保健事業の全事業を介護保険化 このうち、老人保健法に基づく保健事業については、65歳以上について全事業(健康診査等の6事業)を介護保険制度に移す方向であす。(2004年11月全国老人保健主管課長会議での厚生労働省の説明) これらの事業の利用に際し、介護サービス並みの利用料負担(1割)が徴収されることになれば、住民税非課税世帯を含めた健康診査等の有料化という事態となり、公衆衛生の「無料の原則」を謳う地域保健法の精神が著しく歪められます。 3、受診率・利用率の低下を来たしかねない 利用料負担が徴収されることになれば、健康診査をはじめとする事業の受診率・利用率が低下する可能性が増大します。 一方、受診率・利用率の向上が介護保険料の引き上げに直結することや、利用者と事業者との直接契約という介護保険制度の原則を考慮すれば、実施主体(市町村)の取り組みが弱まることは十分に予想されます。 こうした「改正」が実施されるならば、全高齢者の健康保持・増進、疾病の早期発見・早期治療に対する新たな障害となるとともに、介護予防そのものに逆行する結果とならざるを得ません。 4、介護保険料滞納者の利用を制限 介護保険法は、保険料滞納者については介護サービスの利用を制限する制裁規定を設けています。健康診査をはじめ地域支援事業に吸収される諸事業について滞納者が排除されるならば、すべての高齢者を対象に推進されてきた老人保健・福祉制度の根幹を揺るがす重大な問題です。 以上 |