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全国心臓病の子どもを守る会事務局次長 水谷幸司さんに聞く---障害者自立支援法案の問題点


 現在国会で審議中の障害者自立支援法によって、育成医療、更生医療、精神障害者の通院公費医療負担(患者負担は医療費の5%定率)という三つの公費負担医療制度が「自立支援医療」に統合されて、患者負担も原則1割にされようとしています。法案では他の福祉サービスに先駆けて、自立支援医療だけは今年の10月から施行とされています。育成医療・更生医療が自立支援医療に変わると、患者や家族にどのような影響が出るのかを、全国心臓病の子どもを守る会の水谷幸司事務局次長に聞きました。

 給付の重点・公平化で制度の抜本見直し

 編集部 法案が出された経緯を教えてください。

 水谷次長  昨年10月、厚生労働省は「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」を発表しました。「グランドデザイン案」は、今後の障害保健福祉施策の基本的な視点として、@年齢、障害種別、疾病を超えた障害保健福祉施策の総合化、A保護中心のしくみから障害者のニーズと適性に応じた自立支援への転換、B制度の持続可能性の確保、の三つをあげています。

 そして、現行の支援費制度や精神保健福祉制度は制度の維持管理する仕組みが極めて脆弱であり、必要なサービスを確保するためには、給付の重点化・公平化、制度の効率化・透明化を図る抜本的な見直しが不可欠であるとして、これまでの支援費制度、育成医療・更生医療・精神障害者通院公費の三つの公費負担医療制度に換わる新たな制度としての「障害者自立支援法案」を急ピッチで準備し、今年2月、通常国会に提出されました。

 財政不足のツケを障害者からも補う

 編集部 法案は何をねらっているのでしょうか

 水谷 障害者自立支援法案は、これまでの障害保健福祉施策のうち、「自立支援」にかかわるものを統合することで給付の重点化、効率化をはかり、当面の財源不足を補うところに、最大の狙いがあります。

 真に障害者の立場にたった「グランドデザイン案」を描くなら、まずは障害者のおかれている現状から出発して、その社会への完全参加のために必要な支援のあり方を障害者とともに考えること、身体障害者手帳所持者に限られている福祉施策により取り残されている、長期慢性疾患や難病患者などに施策の枠を拡げることなど、検討すべきことが山ほどあります。

 しかし法案ではそれらの課題は先送りされました。増え続ける福祉サービス費用、公費負担医療費をいかに抑えるかという財政上の緊急課題が何よりも優先されているからです。

 法案の施行スケジュールは、公費負担医療の見直しを今年10月から、新支給決定手続きと福祉サービスの利用者負担の見直しを来年1月からと先行させていることが、そのねらいを物語っています。

 まさに「負担増先にありき」の改革であり、後に述べるその内容は「自立支援」どころか自立を阻害し、「自立無援」状態に障害者を追い込むものであるといえます。

 最大の問題点は大幅な負担増

 編集部 自立支援医療に換わるとどんな影響が生じますか

 水谷 最大の問題点は、利用者の大幅な負担増を招くということです。すでに精神障害者の通院公費は医療費の5%定率負担となっていますが、育成医療・更生医療はこれまで、患者の所得状況に応じた費用徴収方式(応能負担)がとられてきました。自立支援医療では、これが医療費の1割の定率負担(応益負担)とされることになります。

 育成医療・更生医療・精神障害者通院公費は保険優先ですので、高額療養費の自己負担限度額から公費負担医療の自己負担額を差し引いた分を公費として給付されていました。自立支援医療でもそのしくみは変わりませんが、自立支援医療の自己負担が1割負担になると、月額で約80万円以上の医療費がかかる場合には高額療養費の負担限度額を超えてしまい、事実上公費対象外となってしまいます。

 その場合、高額療養費分は償還払いとなりますので、患者は医療費の3割相当分(3歳までは2割)を窓口で用意しなくてはならなくなります。

食費も自己負担に

 編集部 食費も患者負担を導入するということですが。

 水谷 もう一つの負担増は食費です。障害者自立支援法案は、負担の公平の観点から、これまで公費で負担していた入院時食事療養費の患者負担分(課税世帯で1日780円)を全額自己負担とすると提案しています。

 「入院・在宅の負担の公平」がその理由ですが、厚生労働省は、入院中の患者の食事は「治療食」としての側面を認め、「入院時食事療養費」を給付し、その標準負担額を一般の入院患者の負担と定めています。

 そして難病や小児慢性特定疾患患者、障害者などの入院治療については「医療給付の一環」としてその標準負担額も公費負担としてきたものです。在宅療養中の患者の食事は基本的に「治療食」ではありません。そこに「公平」論を持ち出すことに無理があります。

 数十万円もの自己負担額も

 編集部 「見直し」後の負担増はどのようになるのでしょうか。具体例を教えてください。

 水谷 心臓手術には、かなり高額の医療費がかかります。最近手術をした事例を集めたなかでも、開心術の場合、手術が行われた月の医療費は300万円、500万円という金額はまれでなく、難しい手術の場合、800万円というケースもあります。

 18歳未満の場合には、かかった医療費を一定の控除式で計算する経過措置(激変緩和措置)がとられることから、どんなに高額の医療費がかかっても、計算上は高額療養費の自己負担限度額を超えません。それでも、ここに挙げた事例のように、入院中にかかった費用負担(保険診療分のみ)は、かなりの負担増になることがわかります。

 18歳以上の場合には、前述のような経過措置はありませんから、心臓手術のように高額に医療費がかかる場合には、公費負担の対象外となり、とりあえず3割負担分の医療費を窓口で支払わなければならなくなります。(高額療養費分は、後日申請により数カ月後に償還されることになります)

18歳未満の経過措置も厚生労働省の説明資料では、「段階的に縮小」「3年後に見直し」とされていますので、いつまで存続するかはわかりません。

 厚労省が「応益負担」を導入することの効果として、福祉サービスの利用を障害者自身が抑制することになるからと考えているとの指摘もあります。しかし、そのことがさらに障害を重度化し、ましてや医療の抑制はいのちに直結することはいうまでもありません。

 また、医療費の負担はこれだけではなく、病院では、差額ベッド代などの保険外負担がかかり、遠くの病院に入院する場合には付添いのための宿泊費・交通費がかかります。病児に兄弟がいる場合には、その子を預ける所が必要になります。

 そのうえにこれだけの負担増は、患者・家族にはとても厳しいものになります。

 対象者は身体障害者手帳所持者に限定

 編集部 対象者と医療内容はどのように変わるのでしょうか。

 水谷 これまでの説明では、旧育成医療、旧更生医療の対象は変更しないとしています。しかし原則として「障害者自立支援法」の対象は障害者であり、旧育成医療のように、「現存する疾患が将来障害を残すと認められる児童」をその対象にするのは、あくまで経過的な措置と考えられます。むしろ、更生医療が身体障害者手帳所持を要件としている現行では心筋梗塞や狭心症などで緊急に入院して手術をした場合、手続き上間に合わずに更生医療を受けない事例も多くあることから、法の目的、定義に、「障害の予防」の観点を明記し、自立支援医療から身体障害者手帳の所持要件をなくすべきと考えます。

 自立支援医療では、所得税30万円以上の世帯の場合は対象外とされています。この所得額は「世帯合算」によることにも注意が必要です。

 これまで紹介してきましたが、月額の医療費が約80万円以上かかる場合には事実上の対象外となってしまいます。

 自立支援医療は、「低所得世帯」および「重度かつ継続的に医療が必要な者」については特別の配慮を行っています。

 しかし「低所得世帯」にしても、生活保護世帯のみ負担なしで、「市町村民税課税世帯」からは定額の負担をとることになっています。また、「重度かつ継続」の対象範囲についても、育成・更生医療は、腎臓、小腸、免疫の3疾患群のみと定められ、心臓病で入退院を繰り返す重症患者への適用は認められません。

 低所得者および「重度かつ継続」以外の疾病治療(心臓もこのなかに該当)について、厚労省は再認定を認める場合や拒否する場合の要件を1年以内に明確化するとしています。

 当面は育成医療、更生医療の対象はそのままとするが、1年後には、低所得者と「重度かつ継続」以外の疾病治療については、グランドデザインの当初案どおり基本的に初期治療から1年間のみを対象とし、以後は対象外にしたいとのねらいがあることもよく見ておく必要があります。


 乳幼児福祉医療制度にも影響

 編集部 自治体の福祉医療制度への影響も出そうですが。

 水谷 この自立支援医療による患者負担増は、育成医療、更生医療適用後の自己負担分を補助している自治体の福祉医療制度(乳幼児、障害者)にも当然影響を及ぼします。

 都道府県の重度障害者医療費助成制度の現状を見ると、ここ数年、自己負担の導入・負担増、所得制限の導入・強化などの見直しが急増しています。

 編集部 「応益負担」「食費負担」導入の法案は撤回すべきですね。

 水谷 障害者自立支援法は、利用者負担への「応益負担」、食費負担の導入という、障害者に大幅な負担増をもたらすことになります。同時に、自立支援医療についても、公費負担医療制度の大幅な後退・縮小であり、心臓手術など高額に費用がかかる医療を受ける患者にとっては「福祉制度」としての存在意義がなくなることから、制度の解体と言っても過言ではありません。

 「応益負担」「食費負担」の撤回、法案の再検討を求めて、多くの患者、障害者団体、関係者の声が広がりつつあります。

 私たち全国心臓病の子どもを守る会も、40数年前、公費負担医療制度が適用されなかった時代に逆戻りすることのないようにと願いながら、政党や国会議員への働きかけを行っています。

 国では、「構造改革」の一環としての医療保険制度の見直し、さらには社会保障制度全体の見直し論議がはじまっています。患者、障害者、国民の立場から、日本国憲法第25条に基づく「生存権」「健康権」の理念を貫いて、公費負担医療制度を守り、医療保障を拡充させる方向での私たちによる「グランドデザイン案」の再構築が求められています。

 (東京保険医協会『診療研究』407号から編集)