ホームニュースリリース・保団連の活動医療ニュース 目次

 

患者から薬取り上げる TPPは最悪の貿易協定
―インタビュー 国境なき医師団日本会長 加藤 寛幸 氏―

全国保険医新聞2016年3月5日号より)

 

 TPP(環太平洋連携協定)の署名式が2月4日、ニュージーランドのオークランドで行われた。2月に公開された協定文については、バイオ医薬品のデータ保護期間の創設や医薬品の特許期間の延長によって、医薬品の普及に深刻な影響を及ぼすことが指摘されている。世界の最貧国や紛争地で医療援助を続けてきた国境なき医師団(MSF)日本の加藤寛幸会長に、医療援助の現場への影響などについて、全国保険医団体連合会の住江憲勇会長が聞いた(3月15日号:アフガニスタンでのMSF病院爆撃)。

 住江 TPPは医療援助の現場にどのような影響をもたらしますか。
 加藤 世界で最も貧しい国で、最も貧しい人々に医療援助活動を行ってきた立場から、TPPは医薬品の普及にとって史上最悪の貿易協定だと思います。命を救う薬を、患者から取り上げるものです。製薬企業の独占が強化され、低価格なジェネリック薬の流通が阻まれることで、そうした薬に頼って生きる人々が薬を利用できなくなる。
 公衆衛生は企業の利益に優先しなければならない。命を救う医薬品やワクチンが、貧しい国における大規模ビジネスと化してはいけないのです。

 住江 国内法への干渉も懸念されています。
 加藤 TPPは参加国の公衆衛生上の保障条項を骨抜きにし、多国籍製薬企業の利益のために知的財産権の保護措置を盛り込む形で制度改正を強いることになります。これによって、発展途上国の人々をはじめ、そこでの医療を担うMSFのような団体は、必要としている安価な医薬品を購入しにくくなります。
 インドは、「途上国の薬局」と言われるほどジェネリック薬の製造が盛んです。公衆衛生保護のため、特許の付与についても厳しい制限を設けています。しかし、多国籍製薬業界や米国などがインド政府に圧力を掛けてインド製の薬・ワクチンの価格を引き下げる市場競争を妨げようとしています。TPP非加盟国のインドでさえこのような圧力を受けているのです。
 MSFは、薬の高価格化をもたらす有害な条項を削除しない限りTPPを発効させないよう求めています。

 住江 MSFには良質で安価な医薬品を普及する独自の取り組みがありますね。
 加藤 1999年のノーベル平和賞受賞をきっかけに、「必須医薬品キャンペーン」を展開してきました。▽良質で求めやすいジェネリック薬の生産を促し、医薬品、ワクチン等の価格を下げる▽企業の営利が公衆衛生上のニーズに勝ることがないように監視する▽薬の特許が医薬品の入手を妨げる障壁とならないように監視する―などです。仮にTPPが発効したら、これまでの努力が台無しになります。

TPP止める 政府に声を

 住江 保団連は、公的保険制度の下で新薬の高価格構造を是正し、良質で安価な後発医薬品の提供を求めるとともに、医療への営利企業参入に反対する立場から、TPPにも反対を訴えてきました。MSFのTPPに対する取り組みについて教えてください。
 加藤 MSFは昨年7月、安倍晋三首相に公開書簡を送り、TPPがアジア太平洋地域の患者に及ぼす影響を熟慮し、公衆衛生推進分野でリーダーシップを発揮するよう求めてきました。また、11月には、大筋合意文書が正式に公表されたことを受けて、強い懸念を表明する声明(要旨を参照)を出しました。
 TPPに関する国会での議論は今春始まる見通しです。2月に行われたTPP署名は手続きの一つに過ぎません。日本の議員が良質で安価な医薬品の普及を阻害するTPPへの参加を退ける機会はまだあります。
 MSFは、8億人を超えるTPP参加国内の人々から各国政府に声をあげてほしいと呼び掛けています。自国の政府に対し、患者の健康や家族を守るために動くのか、多国籍製薬企業の利益のために動くのかを問いただす役割は、市民に託されています。

 住江 世界の医療援助を必要としている地域で活動するMSFとフィールドは異なりますが、必要なところにお金の心配なく医療を提供する土壌を守り育てるという点では保団連と求めるものは同じです。TPP参加阻止に向けても、これからも協力・共同していきたいと思います。

テキスト分析チームがレポート

無料公開中 活用を

 各分野の専門家らが作るTPPのテキスト分析チームがレポートを公開した。医療分野は保団連が担当した。アジア太平洋資料センター(PARC)のホームページからダウンロードできる。

声明要旨

2015年11月9日
MSF必須医薬品キャンペーン米国マネージャー・法政策顧問
ジュディ・リウス・サンフアン

MSFはTPP協定がもたらす影響を重く見ている。安価な薬を手に入れるにあたって何百万もの人が影響を受けるからだ。TPPの大筋合意文書では、医薬品の市場独占を延長・強化して製薬会社を保護し、価格低下につながるジェネリック薬による競争をさらに遅らせる内容であることが確認されている。

医薬品とワクチンが高価格では、効果的な治療を行う上での障壁となることが広く知られるようになっている。しかし、米国政府と製薬会社が厳しい規制を導入し、より長期間医薬品の価格をつり上げ、ジェネリック薬による競争を促す手段が制限される見通しになったことを大変懸念する。

TPP大筋合意条項は医薬品の価格をつり上げ、不要な苦しみを引き起こすばかりでなく、国際保健に取り組む姿勢から完全に離れることを意味している。

MSFは全てのTPP加盟国政府に対し、大筋合意文書が安価な医薬品の普及や生物医学的イノベーション推進において進んでいきたい方向なのか注意深く検討するように訴える。もしこの方向と合致していなければ、TPPには変更や却下が必要だ。


以上