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データヘルス事業とは何か A

全国保険医新聞2016年6月25日号より)

 

 近年の国の医療政策の特徴として「健康増進」策と結びつけた営利産業化がある。その一つであるデータヘルス事業では、特定健診・保健指導などによる健康の保持増進を進めて医療費を抑制し、合わせて健康寿命延伸産業(以下健康産業)を創出することを打ち出している。前号に引き続きかかりつけ医や産業医として関わりが求められる当該事業について、その現状を踏まえ、課題をさぐる。

 

広島県呉市のデータヘルス事業

 広島県呉市国保では、後発医薬品使用促進や生活習慣病の受診勧奨と重症化予防、重複受診・頻回受診対策などの事業が行われており、好事例として紹介されている。
 なかでも、糖尿病性腎症等重症化予防事業は国が全国への普及を目指す事業の一つだ。呉市が事業全体の企画運営を行いつつ、広島大学がプログラム開発と効果検証等も含めた学術的支援を行い、委託された事業者が主治医と連携してプログラムの実施等を行う。プログラムは6カ月間で、専門的な訓練を受けた看護師による個別指導や、減塩の料理教室などが行われる。終了後も6カ月ごとにフォローアップが行われ、プログラム修了者からの人工透析移行者は2013年3月時点でゼロと報告されている。もっとも事業による呉市国保の医療費抑制効果もメニューごとに示されているが、糖尿病性腎症患者の重症化予防の削減効果額は、委託費を勘案するとそう大きくないことがうかがえる(表)。
 この事業を全国に広げるため、厚労省、日医、日本糖尿病対策推進会議は、3月24日に連携協定を結び、国としての糖尿病性腎症重症化予防プログラムを4月にとりまとめ普及を進めている。

 

主治医との連携が不十分な事業の改善―山口協会の取り組み

 山口県保険医協会は15年1月に県内の全市町村国保に対しデータヘルス事業に関する緊急調査を実施した。山口市は呉市とほぼ同じ事業内容で「糖尿病性腎症等重症化予防プログラム」を開始した。かかりつけ医と連携する方針は明記されているものの、呉市のような医療機関等との日常的な連携体制が示されていないため、主治医との連携が希薄になることが危惧されたためだ。
 調査結果から、民間事業者への丸投げとも言える市があることが判明し、県と郡市医師会に対し、▽医療機関や主治医との連携を緊密にすること、▽医師会も参加した協議機関の設置等を要請した。この結果、市町との協議を開始した医師会もあり、「事前にかかりつけ医の承諾を得る」「民間企業による指導中も保険者からのチェックを徹底する」など「丸投げ」としないよう申し合わせを行うとの成果も得られた。
 神奈川県保険医協会でも県内市町村国保に、データヘルス計画に関する調査を行っている。

 

医療情報の利活用促進の動き

 個人の医療・健康情報の利用促進の法的整備も進められている。
 15年の個人情報保護法改定で、匿名加工した情報を本人の同意なく第三者提供できるようにした。16年の通常国会では行政機関個人情報保護法等を改定し、厚労省など行政の保有する個人情報を匿名加工し民間企業等に提供できるようにした。
 17年の国会には、医療目的で使う場合に限り、医療機関の持つ治療や検査などの患者データを国の認定を受けた「代理機関(仮)」が患者の同意なしに集めて第三者に提供するための関連法の提出が予定されている。研究機関や製薬会社などに提供する予定だ。18年度開始が予定されている「医療等番号制度」の開始に合わせてスタートさせることを目指す。マイナンバー制度のインフラの使用が想定される。法整備により個人の医療情報の利活用がどう具体化されていくか、注視が必要だ。

 

データヘルス事業の7つの懸念

 一点目は、医療費抑制を主眼として進められる点である。望ましい結果への期待などで、被保険者の受診抑制をもたらすことが危惧される。
 二点目は、民間事業者への“丸投げ”からくる懸念だ。国は民間事業所と一体での取り組みを推奨しているが、非営利を原則とするわが国の医療制度に反する可能性がある。営利・非営利の境界があいまいになり医療を歪める危険、情報漏洩やプライバシー侵害の危険が高まる。民間事業者に委託する場合は、少なくとも非営利と守秘義務を徹底するべきである。
 三点目は、経済的理由による健康格差の拡大の懸念だ。経済的理由で医療機関への受診を控える人が増加し、経済格差が健康格差につながる事態が進行しており、こうしたことへの抜本解決策を抜きにした「健康増進」策は健康格差を一層拡大させる危険性がある。
 四点目は、取り組みの評価・結果を、保険者と被保険者に負わせる懸念である。後期高齢者医療制度の支援金への加減算制度やヘルスケアポイントなどのインセンティブの仕組みは、受診抑制や健康の自己責任論を広げる可能性がある。公的医療保険制度の趣旨から個人の保険料を変更することはできないとする厚労省ガイドラインの内容を徹底すべきだ。
 五点目は、主治医との連携不足の危険性である。山口協会の取り組みはそれが不十分な実態を浮き彫りにした。主治医抜きの介入は医療行為の責任の所在を曖昧にし、医師と患者の信頼関係を壊す可能性が高い。主治医との連携は必須だが、その対応コストも合わせて検討が必要だ。
 六点目は、そもそもエビデンスのある健康増進事業といえるのか、信頼性のあるデータ収集をせず進めていいのかという懸念である。
 厚労省は特定健診の効果検証で、保健指導の参加者は不参加者より検査値が改善し、医療費が少なかったと報告しているが、▽両グループのもともとの健康意識の違いが排除されていない、▽医療費減少額は保健指導に要したコストを上回っていない、▽日本は効果が確認される前に本格的な事業を開始することが繰り返される傾向がある、との指摘もある(「エビデンスに基づく医療政策の必要性―医療の質と費用対効果」国立国会図書館16年3月29日)。
 また、信頼性のあるデータが集まらないことを理由に中止された、厚労省の生活習慣病重症化予防のための保健指導の効果検証に関する研究もある。莫大な費用を投じた厚労省の研究で立証できなかった施策を、検証なしに保険者に進めさせることになりかねない。
 七点目は、将来的に、市場原理のアメリカ医療のDM(疾病管理会社)やPBM(薬剤給付管理会社)の参入につながる懸念だ。TPPが発効すれば、その可能性はさらに高まると思われる。

 

真の保健事業の推進のために、社会的・経済的要因の解決を

 健康増進・疾病予防・重症化予防への対応は、誰もが健康で長生きできる社会につながり、国民の願うところである。しかし、健康や疾病は個人を取り巻く社会的・経済的・体質的な要因が大きく、個人の自己責任に帰することは間違いである。ゆえに、あまねく公平に医療を受けられるように公的医療保険制度ができたのである。
 その成り立ちと趣旨を無視し、一方で医療・介護給付費の削減や患者・利用者負担増を進めながら事業を進めても、本当の健康増進にはつながらない。むしろ排除の論理が働きわが国の医療を歪めることになるであろう。
 健康増進・疾病予防や早期対応を充実するためには、WHOが各政府に求める貧困、格差、労働環境の改善など、社会的・経済的な要因の解決を図ることが求められている。
 医療、社会保障制度を充実していく道こそ、政府がとるべき健康増進の道である。

以上