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自己責任論から「ケアのロジック」へ
新しい社会への想像力を

全国保険医新聞2020年10月15日号より)

 コロナ禍が炙り出した新自由主義の脆弱性を乗り越える展望は――前回(本紙10月15日号掲載)に引き続き、文化理論家の清水知子氏(筑波大学准教授)に解説してもらう。

 

蔓延する資本主義リアリズム

筑波大准教授 清水知子氏

 ―前回は、医療や介護などの必要不可欠な仕事の多くが低賃金で長時間過酷労働であるなど、社会を支えるために払われる犠牲が、新自由主義の下で隠されてきた問題などが指摘されました。こうした社会を変えるために、どのような実践が求められるでしょう。

そのひとつとして、既存の社会への違和感や限界、その構造を可視化していく必要があると思います。私たちは、既存の秩序が唯一可能なものであり、代替物を想像することすら難しいと思ってしまう社会に生きています。「他に道はない」と強調したサッチャーがその象徴です。安倍前首相も同じ言葉を残していますね。
 イギリスの批評家マーク・フィッシャーが用いて有名になった「資本主義リアリズム」という言葉があります。「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」という意識が蔓延した状況を指したものです。いま必要なのは、資本主義リアリズムを乗り越え、個人主義や自己責任に依拠した経済ではなく、お互いをケアし、ともに生存するための手段として経済を再考し、別の社会を構想する力を取り戻すことだと思います。

『文化と暴力 揺曳する
ユニオンジャック』
●清水知子 著 
●月曜社 2,800円+税

 哲学者ティモシー・モートンの言葉を借りれば、自分だけが「生き延びることsurvive」ではなく、「(共に)生きていることbeing alive」、つまり私たちを支えてきた場へのケアの感覚を培うことでしょうか。
 アメリカの政治哲学者マイケル・ハートらが提唱する「コモンズ」に基づく方向性が手掛かりになります。コモンズとは、人類に共有の富を指します。空気、水、大地といった自然の富や、情報、言語などの社会的な富です。医療や介護などのケア労働とその仕組みもそうですし、すでに私たちの日常のなかで行われる相互扶助的な人間関係もそうです。新自由主義は数々のコモンズを搾取して「商品」に変換してきました。コモンズの領域を取り戻し、共有するしくみをつくっていくことが重要だと思います。
 この意味では、最近、菅首相が総裁選で掲げた「自助、共助、公助」という理念は、ベクトルが逆ではないかと思いました。加速する不安定性のただなかにあって、国家は今こそ活用できる公助を整え、公正に富を配分するしくみを構想し直すべきではないでしょうか。
 自己責任という考え方を根本的に変えていく視点も重要です。人類学者のアネマリー・モルによる、医療現場での「選択のロジック」と「ケアのロジック」の対比がヒントになると思います。前者が自律した個人に価値を置き、自己責任に帰せられるのに対して、後者は医療者と患者が何度も相談しながら治療を行っていく様子をモデルに、個人を前提とした「選択」枠組から逃れ、あなた/私、集団/個人のあいだで反復、調整のされるものとして人間の生をとらえる視点です。

 

多様な可能性を展開する

 ―例えば、保団連は高すぎる患者負担をさらに引き上げようとする政府の医療政策に反対する署名など、患者さんとともに世論を作る「ストップ患者負担増」のキャンペーンを続けています。具体的なイメージとして、こうした取り組みも貢献できるのでしょうか。

 そうですね。取り組みは多様であり得ると思います。
 署名を一筆書くことは小さな行為のようですが、これまで当然視されてきた医療との関わり方を考え直すきっかけを提供するでしょうし、それを問題視する声を可視化することもできます。
 私が最近注目しているのは、人々の価値観や意識を揺さぶる現代のアーティストたちの実践です。
 例えば、高山明さんのプロジェクト「マクドナルド放送大学」がそうです。街中のマクドナルドでお客さんは「学生」としてハンバーガーやコーラと一緒に、難民が「教授」を務めるラジオレクチャーを注文します。そこでは難民のライフヒストリーや生き抜くための知恵が語られます。マクドナルドはコーヒー1杯で長時間いられて、水もトイレも電源もある。お金がなくても自分の居場所として利用しやすい避難所でもあるんです。
 マスメディアでは個々の顔が失われ、「難民問題」としてニュースの見出しに登場するだけですが、こうしたプロジェクトは、現実社会のなかに組み込んだ「フィクション=虚構」を通じて、人々の視点を変え、人々のコミュニケーションそのものを再起動させる。ありうるかもしれない政治的可能性を展開することで、これまでとは異なる世界の見方、新たな関係を生み出します。
 これもまた、既存の社会で存在をかき消されてしまった人々と出会い直し、目の前の分断と不平等を乗り越えていくための一歩ではないでしょうか。(了)

(続く)

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