ホームニュースリリース・保団連の活動医療ニュース 目次

超高薬価問題 アカデミアからの提言B                   

遺伝子治療薬 適正な薬価を

名古屋大学名誉教授 小島 勢二
全国保険医新聞2019年11月5日号より)

 

こじま・せいじ
 1999年に名古屋大学小児科教授に就任、2016年3月に同大学を退官。名古屋大学名誉教授。名古屋小児がん基金理事長。愛知協会会員

 ゾルゲンスマに続き、神経・筋疾患から血液疾患に至るまで、さらなる遺伝子治療薬の登場が見込まれる。医学の進歩を誰もが享受できるように、メガファーマによる超高薬価での提供に代わり、大学・研究機関などアカデミアからの直接非営利・安価な提供の途を提言する。(3回連載。第1回第2回

 

 わが国では、遺伝子治療薬としては、キムリアに続いてゾルゲンスマの上市が控えているのみであるが、表に示すように、海外では遺伝子治療の臨床研究が進み、その対象疾患は神経・筋疾患から血液疾患まで広範に及ぶ。表の中で太字の疾患はすでに海外では薬事承認されている。現時点で原因遺伝子が判明している遺伝性稀少疾患は5,000種類以上知られており、これらの疾患の多くが遺伝子治療の対象と考えられる。これまでに薬事承認された遺伝子治療薬は、全世界でも10個に満たない。製薬会社が、全ての稀少疾患に対する治療薬の承認を得るには、現在のペースでは1000年以上かかることになる。
 それ以上に問題なのは、米国でゾルゲンスマに2億円を超える薬価がついたように、すべての遺伝子治療薬にこのような高価格がつけば、今後、いかなる国においても保険財政を維持できるとは思えない。遺伝子治療薬を必要とする患者に届けるには新たな仕組みが必要であろう。

 

血友病の遺伝子治療薬をめぐり

 なかでも、喫緊の課題は血友病の遺伝子治療薬である。わが国では、血友病に対する遺伝子治療薬の治験は始まっていないが、海外では、すでにファイザーやバイエルといった大手製薬企業が血友病A、血友病Bについて治験をおこなっており上市するのも間近と思われる。武田が合併したシャイアーも、血友病の遺伝子治療薬を開発している。
 最近、私のところに海外のマーケティング会社から、わが国の血友病の治療の現状、さらに遺伝子治療に関する問い合わせがあったことから、海外の企業が日本での血友病遺伝子治療薬の開発を計画しているのは間違いないと思われる。
 血友病患者は、週2〜3回凝固因子製剤を静注で定期補充せねばならず、一回の遺伝子治療でその後の治療が不要となれば、患者にとってこれ以上の福音はないであろう。凝固因子製剤は高価であり、成人において総医療費は年間2,500万円に達する。ゾルゲンスマと同じように、凝固因子製剤を50年間使った場合の費用の50%を根拠にして薬価がつけられれば、5億円を超えることになる。わが国の血友病の患者数は血友病AとBを合計すると6,000人に達する。その患者数からわが国の保険財政に破壊的な影響を与えかねない。反対に、価格が抑えられれば、医療財政の面でもメリットは大きいであろう。

 

アカデミアが非営利・安価に提供

 考えるまでもなく、このような遺伝性難病に罹患した患者やその家族になんの罪もない。地球上で生を受けた誰もがこれらの難病を患う可能性がある。人類共通の財産である遺伝性難病の治療薬を、医学の進歩で手にすることができる時代が訪れたのである。遺伝子治療薬のほとんど全ては、アカデミアの研究者が開発したもので、大手製薬企業が自社開発したものはほとんどみあたらない。公的研究資金をもとに、アカデミアが開発したシーズをベンチャーが育て、メガファーマが高額な資金でベンチャーを買収して、開発されたものである。その結果、投資家は驚くほどの大金を手にしている。
 これまでの低分子薬とは異なり、遺伝子治療薬などの生物製剤は、アカデミアで最終製品まで製造可能である。大手製薬企業が算定する原価の大部分は、買収費用・パテント料や製造設備の初期投資で占められると考えられる。すでに、わが国の多くの大学や研究所は、セルプロセッシングセンターなどの製造設備を保有しており、パテント料を支払う必要がなければ、これらの生物製剤はずっと安価に製造することができる。
 自施設でヒトに投与するレンチウイルスベクターを製造している海外の研究者にその製造コストを尋ねたところ1製剤あたり100万円以下との答えであった。営利目的でなく、アカデミア同士が臨床研究として共同研究を進めるにあたっては、パテント料を払うことなく、技術譲渡する研究者も少なからず存在する。脊髄性筋萎縮症(SMA)のような稀少疾患に対する遺伝子治療は、わが国では、1〜2の拠点施設で十分対応可能である。多くの疾患は、対象患者が極めて少数(年間10人以下)なので、かえって、小規模な施設での生産が適している。わが国では、アカデミアの開発した医療技術を企業に導出することが前提で、日本医療研究開発機構(AMED)からの研究費がでているが、アカデミアが自身の患者のために、開発した技術を直接活かす道ができればこれらの治療をずっと安価に、提供することが可能となる。(了)

【提言】
 アカデミア医薬品を開発する。アカデミアは、自施設で開発した技術を公開し、営利を目的としない場合には、特許料を取らない。

 

以上