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世界で再興するコモンズ 最終回

チリ・サンティアゴの清掃業

全国保険医新聞2021年12月5日号より)

 

 水道や電力などのインフラ、医療や介護など人をケアするシステム、さらには自然環境――、これらは私たちの暮らしに必要不可欠なコモンズ(公共財)だ。世界の公共政策に詳しい岸本聡子氏(オランダ・トランスナショナル研究所、写真)に、公的機関と市民で公共財を守る具体例を紹介してもらう。最終回はチリ・サンティアゴの清掃ワーカーズ・コープの取り組み。(第2回「英国・プリマスの電力政策」第1回「フランス・レンヌの水道事業」

 

切り捨てられてきたケア分野

(上)トランスナショナル研究所が行った調査報告「公とコミュニティーの協力・連携」(英語版のみ)と、(下)イメージ動画。どちらも同研究所ホームページから見られる

 コロナ危機を通じて、地域の公的医療や教育、介護、福祉などの公共サービスがいかに重要か、多くの人が痛感させられた。しかし、これら必要不可欠なケアサービス分野で働く人々の貢献に、光があたることはこれまで少なかった。
 それどころか、ヨーロッパでも日本でも、過去40年の新自由主義の下でケアサービスは、民間参入や外部委託が特に著しく進んだ分野だ。売り文句であったはずのコスト削減すら実現せず、ただ労働者の権利や民主主義を後退させてきた。
 ケアサービスの非正規労働者の多くは女性だという点は日本も同様だが、ヨーロッパではこれに加えて、有色人種や東欧出身者が担うことになる。社会的・文化的な壁が多く、低賃金で雇える移民労働者は、利益を最大化したいケアビジネスにとって最も都合がいい。
 このうち、自治体の公共施設、学校や病院などの清掃は、最初に民間委託されるのが常だ。最終回では、清掃サービスを、大企業への委託から、地元の労働者が協同で作るワーカーズ・コープ(労働者協同組合)に切り替えた、チリの首都州サンティアゴの例を見てみよう。

 

新自由主義に抗う市政

 新自由主義が社会に深く埋め込まれたチリで、サンティアゴ北部のレコレタ区は人口の約14%が貧困状態で暮らしている。2012年の選挙でダニエル・ハドゥエ氏がサンティアゴ市長になって以来、その流れに抗う様々な政策を実施してきた。
 例えば、チリでは、企業の寡占状態で医薬品価格が無制限に高騰している。そこで、市政は人々が医薬品に平等にアクセスできるよう、医薬品を公的に管理する公立薬局の新しいモデルを作り、自治体が物資の直接の提供者となった。これによって月々の薬代が70%も安くなった世帯もある。このレコレタモデルは後に全国に広がった。
 また、極度の民営化によって南米一となった大学の授業料は多くの市民の教育機会を奪っていた。市長は誰もが無料で学べるレコレタ民衆大学を設立した。この大学は、脱・新自由主義、ジェンダー平等に基づく公共政策を研究する拠点としても機能し、区の政策を強化している。

 

自治体がワーカーズ・コープを支援

 そんなレコレタ区が、大企業との契約をやめ、公共入札によって清掃ワーカーズ・コープにサービスを委託した背景が興味深い。
 もともとはその大企業の清掃員だった女性たちは、搾取され続ける労働をやめ、働く者一人ひとりが出資し、皆が協同のオーナーとなるワーカーズ・コープをつくった。
 その設立をレコレタ区政は支援したのだ。市長のリーダーシップのもとで、区は地域社会経済開発部を新設し、地元のワーカーズ・コープの支援、育成を主要な課題に据えた。清掃員の女性たちはこのプログラムの支援を受け、公共入札に参加できた。
 かつての雇用では区の委託金の大半が企業の取り分となり、労働者の賃金は可能な限り抑えられた。しかし、ワーカーズ・コープは労働者の賃金や福祉の向上が主要な目的だ。賃金体系や配分は皆で話し合われる。自治体が支払う委託金の多くが労働者の待遇改善につながり、それによってサービスの質も向上する好循環が生まれた。
 清掃という、社会の底辺に置かれやすい仕事でも、公的機関の力で下支えすれば、不安定労働や搾取を抜け出し、地域に必要不可欠な尊厳ある仕事としての地位を獲得できるのだ。(了)

以上

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