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病院の災害危機管理 台風19号激甚災害の街 丸森から

第4回 あの時、被災した地域住民が求めた医療

全国保険医新聞2020年6月5日号より)

 

八巻孝之
(やまき・たかゆき)
 東北大学第一外科出身。肝臓疾患研究班に所属、文部教官助手を経て、2000年医学博士。仙台医療圏の科長・部長職を歴任し、16年3月から生まれ故郷の国保丸森病院副院長に就任。令和元年秋の台風豪雨で大規模災害を経験した。20年1月から国立病院機構宮城病院勤務。

 昨秋の台風19号豪雨は地域防災の盲点を浮かび上がらせ、災害リスクにどう向き合い地域医療をどのように守るのかを再考させた。第4回は、地域住民の求める災害時医療とは何かについてを解説してもらう。(毎月5日号で全5回掲載予定。第3回第2回第1回

 

最後まで向き合いたかった患者さん

 あの日、水が引かず2日間孤立した病院は、非常食と貯水に頼りながら入院患者の安全確保に努めました。町の中心部を流れる新川や1級河川の阿武隈川の堤防がほぼ無傷であったことに胸をなでおろす思いです。発災3日目には災害医療派遣チームによる患者移送が開始され事なきを得ました。
 しかし、移送した患者の中には、点滴で過ごされ終末期の容態急変に対して心肺蘇生を行わない「看取り」の方も数人いて、負担を強いられるご家族からの反対がありました。私自身、終末期の患者さんだけは最後まで向き合ってあげたかったと思っています。
 その後、役場内救護室の応急手当を中心とした救護活動が2週間、派遣救護班による健康管理と感染予防のための避難所巡回が1カ月程続きました。

@物置と化した入院病室
A病棟に設置した福祉避難所
B3階病棟での仮設外来診療

 病院は課題山積の中、入院診療の早期復旧のめどが立ちませんでした。患者の居ない病棟(写真@)や、職員らが避難所生活の福祉的支援に1カ月以上従事し病棟が福祉避難所になってしまった(写真A)ことは、残念な思いで眺めていました。
被災地で展開された各々の医療支援は、地域医療の命綱である病院と全くつながらない、断片的な活動であったと感じています。

 

「早く平時の医療に戻って」

 17日ぶりの仮設外来(写真B)設置から、徐々に外来、入院機能を回復する中で聞こえてきたのは、「早く平時の医療に戻ってほしい」というかかりつけ患者らの願いでした。大規模災害では、医療資源は激減するのに反して医療需要が激増する中、慢性的な人手不足の病院が単独、総力戦で努力しても早期復旧は厳しいはずです。

 

病院への職員派遣と院外調剤の支援を

 激甚災害を振り返り、地域の行政や医療機関にお願いしたい点が二つあります。
 一つ目は、診療再建を目指す病院への臨時職員の早期派遣です。被災した早期から非常勤医や多職種の臨時職員の増員が必要でした。二つ目は、院外調剤薬局への人的・物的支援です。容易かつ安全に通院できない患者さんへの処方日数制限は、調剤薬局の破綻が大きく影響しました。製薬会社の営業マンも支援の方法がわからず残念だったと述べています。
 病院機能の早期再建を目指すことを第一に考えれば、近隣の医療機関との共同は不可欠です。そのために、近隣のコミュニティ同士は地域包括支援事業を進める中で想定災害に強い病院づくりを目指し、災害医療に対する双方向性の対話と互いのリスク評価を共有し合い、地域の防災減災整備とともにコミュニティ内の医療共助を発揮できる体制整備に取り組むことが肝要です。
 製薬協会や医師会、他の支援機関に積極的な人的・物的受援を働き掛けなければなりません。被災した地域医療の早期再建に対して、被災体験を踏まえた再考と連携強化が求められています。

以上