10割負担問題は解消されるのか?
被保険者情報「不詳」レセプトへの対応
全国保険医団体連合会
厚労省保険局長は、7月10日、10割問題の解消スキームに係る通知を発出した。これは、6月29日の社保審医療保険部会で厚労省に示した10割問題解消スキームの枠組み(図表等)を通知化したものであり、各医療保険者を経由して保険医療機関向けに周知を求める内容である。あらためて厚労省10割問題解消スキームの問題点、実効性を検証する。
【参考】
「マイナンバーカードによるオンライン資格確認を行うことができない場合の対応について」T230711S0030.pdf (mhlw.go.jp)
社保審医療保険部会資料「オンライン資格確認について」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001114694.pdf
1.7月10日付通知の趣旨
(1)発出の理由
マイナンバーカードで医療機関等を受診等される方が急速に増えている中で、その場でマイナンバーカードによるオンライン資格確認を行うことができない場合について、窓口での対応や医療費の負担の取扱い等が必ずしも明確になっていなかった。
(2)基本的考え方
・保険料を支払っている被保険者等が、適切な自己負担分(3割分等)の支払で必要な保険診療を受けられる
・医療機関等には、事務的対応以上のご負担はおかけしないようにする
(3)周知
各医療保険者に対して、保険局長は「本通知の内容について十分ご了知の上、関係者及び貴管下の関係機関等に対して周知徹底いただくとともに、その運用につき遺漏なきよう特段のご配慮をお願いしたい」としている。
(4)具体的運用は別途通知
「5.その他(2)」において、3(3)、(4)及び4に係る事務取扱いの詳細は追って別途通知する」とされたが、これらは厚労省スキームの根幹部分にあたる。
根幹部分が、「保険者と支払基金と調整中」となっているにも関わらず、保険局長は医療保険者を経由して各保険医療機関等に周知を求めている。
<別途通知(検討中)とされた事項>
▽喪失済みの資格や過去の受診歴等から確認した資格に基づき保険請求を行う方法
▽被保険者情報「不詳」での保険請求を行う方法
▽審査支払機関での特定作業、特定不能の場合の保険者の案分(災害時に準拠)
2.保団連が指摘した問題点を検証する
課題①「医療機関、患者双方に書類記載等が必要となり手間・ミスが増加する」
「申立書」記載の手間は変わらず
顔認証付きカードリーダー機器の不具合やオンライン資格確認システムのデータ不備等により資格確認が困難となった場合、10割負担を回避するために当該患者において「被保険者資格申立書」の記載が必要となる。
記載内容はマイナンバーカードの券面情報(氏名、生年月日、性別、住所)、連絡先、保険者等に関する事項(加入医療保険種別、保険者等名称、事業所名)、一部負担金の割合等である。マイナンバーカード券面記載の4情報を除き、他の項目は当該患者の記憶に基づき記載することになる。
これまで被保険者は、受診の際に健康保険証を提示するだけで良かったが、トラブル発生時は新たな書面を記載・提出ことが必要となる。
また、医療機関においては「資格申立書」記載事項を元に、被保険者情報を特定する作業が必要となる。特定が困難な場合は被保険者情報「不詳」で保険請求が行えるとされたが、患者・医療機関双方に実務的な手間と転記ミス等のリスクを負うことになる。この時点で「追加的経済的負担はない」とする厚労大臣の言い分は反故にされている。
被保険者情報「不詳」レセプトは電子請求を想定
災害時の被保険者情報「不詳」請求は、番号は「999999(不詳の記号)を記載して紙の保険請求を基金に提出する。マイナ保険証トラブルに伴う被保険者情報「不詳」も紙請求となり手作業が伴い、医療機関の手間がさらに増加することを危惧していた。
しかし、支払基金は、現時点の考えとして紙請求ではなく電子請求を想定しているとした。(※いわゆる「77請求」で対応するとの説明があった。)ただし、患者が記載する申立書は「不詳」レセプトの摘要欄に転帰することが求められ、作業の負荷増大とともに手打ちミスによる誤請求や特定困難事例の増加等との懸念は残る。
7月10日保険局長通知では、「明細書の摘要欄に、被保険者資格申立書により把握している患者の住所、事業所名、連絡先等の情報その他請求に必要となる情報を記載」とされた。
しかし、紙請求ではなく電子請求による「不詳」請求が可能となった場合、被保険者情報「不詳」請求の件数が増加することが考えられ、支払基金の特定作業が遅延する可能性がある。
(参考)社会保険診療報酬支払基金 災害関連情報
令和5年7月7日からの大雨による災害に関するお知らせ
https://www.ssk.or.jp/saigai/oshirase_050711/oshirase_050711_1.files/saigai_r050708_1.pdf
課題②「患者・医療機関の手間や患者トラブルも激増する」
70 歳以上は所得に応じて一部負担金の割合が異なる。生年月日(年齢のみ)で窓口負担割合が確定できないので過不足が発生する。所得を含めた確認の手間と金銭のやり取りが増加する。患者本人の記憶による被保険者申立書の記載はさまざまな金銭トラブルが発生する。
例えば75 歳以上で1割徴収したが、後日、所得状況を確認すると2割負担だった場合、不足が発生する。70 歳以上75 歳未満で2割を徴収したが、現役並み所得だった場合、3割となる。子ども医療費助成制度があり本来窓口負担ゼロの乳幼児や児童の受診でもマイナトラブルを理由に2割負担、3割負担を医療機関が求めることになる。なぜ、2割負担が必要か説明困難となる。患者トラブルは避けられない。
課題③「公費併用請求は払われるのか」
一番大きな課題は、公費併用請求は支払基金のレセプト振替機能が使えないことである。これは医療保険者向けの中間サーバーに各市町村が保有する公費情報(被保険者の所得情報、公費番号等)が紐づけられていない(存在しない)ことによる。
<現在検討されている内容>
▽医療機関への支払と「不詳」レセプトの特定作業を切り分ける考え方もあるのではないか。
▽公費番号等が明確な公費請求は、本請求(保険請求部分のレセプト)と切り分けて各市町村へ請求を行い、保険医療機関には一部負担金の支払うことも考えられるのではないか
▽高額療養費の対応は切り分けが困難で課題となる。
▽支払と被保険者情報の確定作業を切り分けて、一時的に立て替えする案も検討されているが、拠出金の確保や勘定科目など検討事項が多い。いずれにしても「不詳請求」の件数に依存する。
<懸念点>
▽公費併用請求の場合も保険医療機関、支払基金がきちんと資格確認(被保険者情報の確認)が行うことを前提に、保険給付の段階で公費が適用されている。従って、支払先「不詳」が解消されるまで公費併用請求は実施できないのではないか。
▽子供医療費の受給者証は有効期限が1年間で毎年各市町村から発行・交付されているが、被保険者の世帯主等は保険加入の事実を記載した書面提出は求められていない。つまり、無保険の場合でも受給者証が送付されることになるが、これは保険診療の際に、保険医療機関、支払基金において資格確認を適切に行うことを前提に無保険者による不正利用は防止できることを前提とした対応である。
▽今般の資格確認情報「不詳」による請求と支払は、極めてイレギュラーの対応である。被保険者(患者)が保険診療を受けた段階では、医療機関が一部負担金を徴収し、領収書を元に患者が後日、償還払いの請求を行う対応にならざるを得ないのではないか。
▽通常は公費番号等を元に支払基金が各市町村に請求する。また、支払基金が医療機関に対して、本請求(保険請求部分のレセプト)の支払いと一部負担金等に対応した公費分を支払っている。
▽実務上は、本請求は「不詳」のままでも、一部負担金部分(2割ないし3割)を公費部分として切り分けて各市町村に請求し、公費部分のみを保険医療機関に支払う可能性があるものの、本請求(不詳レセプト」は直ちに支払は困難となるのではないか。
▽市町村において受給者証を交付する世帯の保険加入の有無の確認を省略している現状から様々な問題が指摘される。(例:無保険者の利用は防げない。住民監査請求の可能性も)
▽「公費切り分け支払」は法令上も逸脱している可能性が高く、事務スキームも複雑となる。支払基金、医療機関双方にとって、会計上、実務上、システム上で大きな禍根を残す。
課題④「業務量増加で支払遅延を起こさないか」
<現在検討されている内容>
▽手作業で対応する部分とシステムで対応できる部分の切り分けが必要なため現段階で固まったものはない。
▽不詳件数の量により対応が遅れることもありうる。
<懸念点>
▽厚労省は、マイナ保険証利用に伴うトラブルの類型と原因別の分析・整理は行ったが、そもそもトラブル件数の調査や保険証廃止後の推計は実施していない。
▽省庁レク等で医療介護連携政策課の水谷課長は、「数字は持ち合わせていない」と回答している。
▽従って、被保険者情報「不詳」となる請求の発生頻度や請求件数などは明らかにすることができない。
▽何の数字的な根拠もなく解消スキームを患者・医療現場、支払基金・保険者に押し付けている。
課題⑤「システム障害時モードで被保険者情報を検索できるのか」
7月11日保険局長通知では、顔認証付きカードリーダーが故障した場合にはマイナンバーカード券面に記載された4情報等を元にシステム障害時モードの活用が呼び掛けられている。しかし、保団連が既に指摘したように、オンライン資格確認システムに登録されたデータ不備が散見され、実用困難なレベルである。新たに判明したデータ不備内容を追加する。
1.住所不一致問題、住所登録は必須ではない
市町村国保は市町村の基幹システムのデータを元に被保険者情報をサーバー(医療機関向 け中間サーバー)に登録している。住所表記は市町村によってまちまちである。
被用者保険は事業主が申請した資格取得申請書を元に各保険者が医療保険者等向け中間サーバーに登録している。中間サーバーとオンライン資格確認システムのサーバーが連動している。各保険組合によって通信先住所や変更履歴が反映されていない住所登録もあり、住民票住所と異なるケースは多々ある。そもそも、医療機関向け中間サーバーの登録マニュアルでは各保険組合に住所登録を「必須」 としていない。つまり、データベース上に住所が存在しない被保険者も存在するため、医療機関でいくら検索しても出てこない。
2.漢字氏名の不一致
マイナカード券面に記載された漢字氏名は住民票の表記であり、「髙橋」、「斎藤」「𠮷田」 などいわゆる外字が含まれている。外字も多く含まれており、医療機関のレセプトコンピュータで文字コードの対応していない場合が多く、「黒丸」、「赤丸」で情報が表示されるケースが散見されている。つまりマイナンバーカード券面記載の漢字氏名では検索しても合致しているかの確認が画面上行えない。
また、各保険組合が医療機関等向け中間サーバーに被保険者の漢字氏名を登録する際に、「斎藤」「斉藤」など 49 種類がある漢字氏名の場合、代替文字に置き換えて登録している。 代替文字の設定は、各保険組合によりバラバラである。そのため、漢字氏名での「検索」は ほとんど一致しないことが考えられ機能しない。
3.カナ氏名、性別・生年月日での検索
漢字氏名、住所での検索が機能しないため、カナ氏名・性別・生年月日の3情報で検索することが考えられる。カナ氏名などで検索した場合、同姓同名の候補者が多く検索されてしまい、取違など別の 問題が発生する。
システム障害時モードのマニュアルでは、検索してデータの候補が5つ以上ある場合は情 報が返されない仕組みとなっている。3情報(カナ氏名・性別・生年月日)では5件以下に 候補を絞り込めない可能性が高くなり、結果として検索システムが機能しなくなる。 検索できたとしても、カナ氏名・性別・生年月日では、打ち込みミス、取違などヒュー マンエラー発生は防げない。そのために別人で請求してしまうリスクがある。(別人の保険 請求が発生するリスクが排除できない)
仙台の医療機関で新たにカナ氏名の誤登録が報告されている。中間サーバーへの被保険者情報を登録する際に漢字氏名のカナ変換ミスが原因と考えられる、カナ氏名による検索も使えないとあると性別と生年月日だけではほぼ特定は困難である。
【参考】
7月11日 東日本放送「マイナ保険証をめぐる混乱 医療現場から戸惑いの声も」
https://www.khb-tv.co.jp/news/14954052
「ストウとスドウ。それからヤマサキとヤマザキ、アガツマとワガツマ、アベとアンベなんていうところが、かなりの確率で違ってる。読み仮名はサトミが正しいのに、マイナ保険証のデータはトモミに」