特集「海が泣いている」
海が泣いている
「海の日」も近づき、各地で海開きが行われる季節がやってきた。陸上で生活する私たちは、海の中で起きていることは意識しにくいため無頓着になりやすい。日々、鮮魚店やスーパーマーケットには新鮮な魚介類が並び、一見、何も問題が起きていないかのように錯覚してしまいがちだ。しかし、二酸化炭素を
はじめとする温室効果ガスの排出に伴う海水温の上昇や海水の酸性化、またプラスチックの投棄などにより、海に異変が生じつつある。海洋生態系は複雑に絡み合っているため、どこかに異常が生じると、その影響が次々に連鎖して予想もつかない悪影響をもたらしかねない。
大きな恵みをもたらしてきた海に、恩を仇あだで返すようなことを続けていいのか。その報いとして、人類にはどんな将来が待っているのか。今、私たちの行動が問われている。
漂着する海棲哺乳類たちは何を伝えているのか解剖調査から見えてくる海の異変
日本では、世界最大の動物といわれるシロナガスクジラからネズミイルカまで、鯨類全種のうち半分を見ることができる。そんな彼らが海岸に打ち上がってしまう「ストランディング」が世界各地で起きている。筆者は、これまで発見の知らせを受けて現場へ急行し、多くの個体を調査してきた。
その死体の解剖調査は法医学的検死と似ているところもあり、生物としての特徴を知ることができるが、近年は環境汚染物質やプラスチックが検出されることも目立つようになってきた。ストランディングした海棲哺乳類たちは、私たちに何を教えてくれているのだろうか。
田島 木綿子
ブルーカーボンが秘める可能性海洋生態系によるCO2の隔離・貯留
「ブルーカーボン」とはマングローブ林や塩性湿地、海草・海藻藻場などの海洋生態系によって隔離・貯留される二酸化炭素のことだ。ブルーカーボンの1ヘクタール当たりの土壌炭素貯留量は、陸上生態系(グリーンカーボン)の最大10倍といわれており、その一方で、海洋生物の生息地などを提供する重要な機能も果たしている。しかし、そんなブルーカーボン生態系が、現在消失の脅威にさらされている。大気中の二酸化炭素を減らすためにも、ブルーカーボン生態系の消失を食い止め、さらに増やしていく必要がある(本稿は、枝廣著『ブルーカーボンとは何か』を基に再構成・加筆しました)
枝廣 淳子
医師として水質汚染問題に向き合う神奈川協会の魚類実態調査
神奈川県保険医協会は1985年から38年間、ハゼを対象に水質汚染の調査を行ってきた。マスコミ報道で医師が取り組んでいる調査として注目され、国会の質問でも取り上げられることもあった。
調査は、県内の鶴見川河口や横須賀米軍基地前の海で実施。横須賀米軍基地前の海では、皮膚に腫瘍のような病変がある「お化けハゼ」、尾びれの欠損や二分裂などの異常が確認されている。米軍基地の土壌汚染が原因として考えられるため、協会では行政に対して環境調査を要請してきた。日本政府の姿勢も問われている。
野本 哲夫
ALPS処理水の海洋放出はなぜ問題なのか
東京電力福島第一原発の敷地には、原子炉建屋で発生した汚染水を多核種除去装置(ALPS)などで処理した「処理水」がタンクに貯蔵され、増え続けている。政府はこれを2023年夏から海洋放出するとしているが、漁業関係者は反対の姿勢を崩していない。また、多くの市民が反対している。「処理水」には何が含まれているのか、トリチウムの健康へのリスクはどのようなものか、代替案は十分検討されたのか。本稿では、ALPS処理水の海洋放出における問題点を述べる。
満田 夏花
原発汚染水の発生量を抜本的に削減するための提案
福島第一原発では、事故から12年以上が経過しても日々汚染水が増え続けている。汚染水発生量の約8割は地下水や雨水の建屋流入によるもので、汚染水のトリチウム濃度は複雑に変動している。
その濃度と発生量から、高濃度の放射性物質で汚染された地下水が建屋周辺に存在することが推測されるが、その実態は未解明である。処理水の海洋放出を止めるためには、汚染水発生量の抜本的な削減が必要である。高濃度汚染地下水によるリスクを減らすための調査と対策も必要である。
柴崎 直明
診療研究
糖尿病とその合併症に関する最近の話題 第6回(最終回) イメグリミンへの期待
イメグリミンはミトコンドリア機能を改善する新たな糖尿病治療薬として2021年に発売された経口糖尿病治療薬である。従来の薬剤とは全く異なった作用機序を持つと考えられており、インスリン分泌を促進するとともに、インスリン抵抗性も改善することが期待されている。最終回は、どのような可能性を持
つ薬剤なのかを紹介したい。
川浪 大治
口腔顔面痛──歯痛・顎関節症と誤認しやすい病気の鑑別法 第5回 精神疾患に起因する口腔顔面痛
歯科の外来では、痛みや咬み合わせの異常感など、訴えに見合うだけの器質的異常が認められない、いわ
ゆる不定愁訴の患者が少なくない。これらの患者の中には精神疾患で説明できるものも多いが、歯科医師は精神疾患に関する教育を十分に受けていないため、患者の要求に翻弄され、過剰な治療を行ってしまうことがある。本稿では、歯科受診につながる可能性がある精神疾患(身体症状症、うつ病、双極性障害、不
安症、統合失調症、発達障害)について、症例とともに解説する。
井川 雅子