第93回 暗中模索のワークライフ

勤務医コラム 第93回 暗中模索のワークライフ

 私は1999年、医療崩壊が唱えられる少し前に大学を卒業した内科医だ。当時の医師の例に漏れず、最初の5年間で取れた休日は日曜・祝日も合わせて15日、当時の平均睡眠時間は4時間程度。大学院生時代には学費を支払いながら指導医業務のみで休日0日の1年を過ごした。毎朝鼻血が止まらず帯状疱疹も発症した当時の生活を考えると、過労死寸前であった感は否めない。今の勤務医の労働環境は、当時よりは改善しているようだ。
しかし、その分ワークライフバランスは改善したと言えるのだろうか。
私見だが、ワークライフバランスとは「やるべきこと」「やれること」「やりたいこと」の配分に裁量権を持てることだと思う。「やるべきこと」が「やれること」を凌駕する旧来のアンバランスが注目されがちであるが、それ以外にも、「やるべきこと」と「やりたいこと」ばかり主張して「やれること」が少なければ口先だけの「意識高い系」になってしまうし、「やるべきこと」と「やれること」に終始して「やりたいこと」を見失えば「仕事人間」、「やりたいこと」と「やれること」の為に「やるべきこと」を放置すれば「さとり世代」と揶揄されるだろう。
もちろん自覚的であればそれも1つのバランスだ。しかし労働時間の短縮=楽をさせることを偏重する昨今の「働き方改革」は、勤務を楽しむための必要な努力―やるべきことを峻別し、やれることを拡充し、やりたいことを内省すること―の機会を奪ってはいないだろうか。
医師不足の中で働く勤務医は、通常業務をこなすだけで「自分の存在価値がある」という満足が得られてしまうため、むしろ人生のバランスを振り返らずにまい進してしまいがちだ。その状況は今も昔も変わっていないように見える。
患者という核を忘れず、かつ好きなことのためには寝食を忘れて没頭する。そんな仕事の仕方もまた無理なく選択できる未来のため、私に「やれること」を模索する日々である。

越智 小枝

東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座担当教授。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局、13年から相馬中央病院内科診療科長を経て、22年から現職。リウマチ専門医、臨床検査専門医。東京協会