連載 選択的夫婦別姓④ 旧姓併記されても使えない 

第4回 旧姓併記されても使えない現実

恩地いづみ(医師)

2歳ごろの私が初めて「私の氏名」を認識して、「おんじいづみちゃん」「はーい」と呼名に返事をした記憶は、全くない。記憶にないほど幼い頃からずっと呼ばれ、名乗り、署名し、私と共にあった氏名を変更することに違和感がないはずがない―とは、この国は気付いていないようだ。

40年前に結婚した当時の私のように、現在でも仕方なく不本意な改姓をする人たちがいる。社会は少しは変化し、今では通称使用を国も公認している。改姓後希望すれば各種住民登録や国家資格などに旧姓併記でき、氏名を変えずに職業継続できる人が増えてはいる(生来の姓を維持したい者にとっては消された姓こそが使いたい自分の姓なので、それを〝旧〟姓と呼ぶのもためらわれるが)。

しかし、前回でも触れられたように旧姓を使えない職場もあるし、人の暮らしは職場だけではない。消費者、有権者、保護者などいろいろな立場で名を名乗り、書き、呼ばれる。併記されても通称が使えるかどうかは相手次第で、使えない場面が多いのだ。

マイナ保険証で旧姓受診不可

私が働く医療現場はどうだろう。

通称使用している人たちに病院受診時のことを聞いてみた。「保険証に旧姓併記しても旧姓では受診できない、と役所でいわれた」「通称で仕事をしているが、保険証は戸籍名。希望した旧姓併記は裏面に小さな文字だった」「併記した保険証を出しても呼ばれるのは戸籍姓」「旧姓併記のマイナ保険証で通称受診はできない」など、使えていない人がほとんどだった。

顔見知りのクリニックで通称で呼んでもらっているケースは、性別違和で戸籍性とは違う性別の名前で呼んでもらう個別対応があるのと同様に、可能ではあるのだろうが、大病院では難しそうだ。 唯一、自治体の裁量で旧姓使用を認めている地域で作られた、表に旧姓の通称名、裏に小さく戸籍名が書かれている国民健康保険証を持っている人は通称で受診できているが、新型コロナワクチン接種時には新たな交渉を要したそうで、安心してどこでも通称を使えているとは言い難い。

医療者側からすると、私が知る範囲では電子カルテに旧姓表記は反映されない。電子カルテのシステムは病院ごとに異なり、全てがそうかは未確認だが、名前の間違いは致命的な医療過誤に繋がるので、ダブルネームの運用など避けたいということもあるだろう。

司法「国会で議論を」…国会は無視

通称使用とは、自分の名前が2つあり、使いたい名前を使えないことがある暮らしだ。体調が悪いときに、どちらの名が使えるか窓口で確認や交渉をするのはかなり困難だ。そして、しんどい時に使いたい名前を使えず、自分のものとは思えない戸籍姓で名を呼ばれるのは辛い。そのような弱ったときにこそ、交渉など要さない「私の氏名」であってほしいと思うのだが、司法は「不便は緩和されている」と言い、国会で議論すべき事柄だと投げられた。その国会では、長年無視され続けている。

(全国保険医新聞2024年3月5日号掲載)

(おんじ・いづみ)

麻酔科医師。1983年に夫の姓を夫婦の姓として法律婚。当時職場で通称使用はできず、プライベートの場でのみ生来姓を名乗ったが、使い分けが難しく7年後ペーパー離婚し生来の姓に戻った。第二次別姓訴訟の原告。