第6回 事実婚夫婦の代理意思決定者は誰か
宮田乃有 (看護師)
私は長年訪問看護師として働いている。さまざまな疾患や障害をもちながら自宅で療養する方とその家族を支援する訪問看護では、他者が知る由もない家族の事情を目の当たりにすることがある。私の家族も、他者からは「同姓の法律婚夫婦と子どもたち」に見えていただろう。2人ともフルタイム勤務で社会保険等もそれぞれのため、私たち自身でさえ事実婚であることを日常生活で認識する機会はほとんどなかった。
しかし訪問看護師として働く中では、法的な関係にない家族でいるリスクを考えざるを得ない事例に出合うことが何度もあった。一例を紹介したいと思う。
妊娠の継続とがん治療の選択
A子さんは30歳代、幼い子どもと夫との3人暮らしで、第2子の妊娠が判明して間もなく乳がんと診断された。妊娠を継続すれば治療が遅れ、がんが進行する危険があるとの説明を受け、A子さんの両親はA子さんに出産を諦めて治療に専念することを強く勧めた。しかしA子さんの出産の意思は固く、夫もそれに同意した。第2子を出産した後ただちにがんの治療が開始されたが既に転移がみられ、2年後には治療の継続が困難な状態に至った。
夫婦と両親の希望に相違
A子さんと夫は病院での治療を終了し、自宅で子どもたちと過ごしながらホスピスケアを受けることを希望した。一方、A子さんの両親はわずかな可能性にかけても治療を継続することを望み、治療の終了に反対していた。
退院後、A子さんの夫が仕事で不在の間はA子さんの両親が協力してA子さんと子どもたちのケアを担っていた。ある日、A子さんの両親はA子さんの夫に対する強い不満と怒りを訪問看護師に吐露した。「娘の希望は分かる。しかし説得すべき夫までが同意したことで自分たちは娘を失い、幼い孫たちは母親を失うことになった」―と。
その時、医療者の対応は?
A子さんと家族のサポートをしながら、私はA子さん夫婦が自分たちのように事実婚であったなら、医療者はどう対応しただろうか、と考えていた。A子さんの場合は本人と夫の希望が叶えられたが、法的関係にないパートナーと直系の親族である両親の意向が対立した場合、もし本人が意思を主張できない状況であったら、パートナーに託した希望は果たして叶えられるだろうか。
事実婚は以前よりも市民権を得るようになったが、万が一のときほど法的な関係の有無が絶対的な効果をもつ。お互いの氏名と意思を守り合える、選択的夫婦別姓制度を切に望んでいる。
(全国保険医新聞2024年5月5・15日号掲載)
(みやた・のあ)
2001年に結婚式を挙げるも、「お互いの氏名を大事にしたい」と事実婚夫婦として暮らす。法改正を待つ間に子どもたちは成人。紆余曲折を経て事実婚を解消することになり、現在は中高年の再婚改姓問題を考え中。