連載 選択的夫婦別姓(12) 妻への“詫び状”

妻への“詫び状”

小池 幸夫(第3次選択的夫婦別姓訴訟原告)

 「この(結婚)話はなかったことにしようか」

結婚前の妻から「別姓にしたいので婚姻届は出さず事実婚にしたい」と初めて言われた時の私の返答だ。
私は妹との2人きょうだい。幼い時から「床下の蜘蛛の巣までお前のものだ」と言われ続けて育った。結婚すれば相手の女性が「小池」姓になることが当たり前と考えていたし、夫婦別姓という言葉を耳にしたこともなかった。

別姓の話題になると、私は不機嫌に

とにもかくにも婚姻届を提出し、2人の新生活が始まった。時折妻が別姓の話を切り出すと、私は不機嫌になり両者感情的になって物別れ、ということが何度かあったそうだ。「そうだ」と書いたのは、この件について私はあまり記憶がない。当事者意識が欠落していたことの証拠だろう。
しかし、夫婦別姓について考える機会は確実に多くなった。ある日、書店で手にした福島瑞穂さんの『結婚と家族』(岩波新書)を読んだ時、目の前に垂れ込めていた分厚い雲が一気に晴れた。
「こういうことだったんだ!」
妻の主張する、姓を変えた側が経験する苦労や苦悩について少し理解できた。今でも妻からは、「私が一生懸命に何度も話してもわかってくれなかったのに、福島さんの本を読んだだけでがらっと変わっちゃったんだよね」と皮肉混じりに言われるが、返す言葉もない。

出産のたびにペーパー離婚

第1子誕生後に最初の離婚届を提出した。以後、出産前に婚姻届を提出し、出産後にペーパー離婚することを2回くり返して、現在は事実婚状態にある。面倒な手続きをくり返した理由は、生まれてくる子どもの父親の確定のためだ。「面倒な手続き」とはいっても、私がしたことは婚姻届や離婚届に署名したことくらい。一方、妻はその都度勤務先、銀行、警察、カード会社などで多数の改姓手続きを強いられた。

男女平等指数118位、むべなるかな

『結婚と家族』を読み直して、ちょっと驚いた。  「この本、最近書かれたの…?」
1992年1月出版の書籍だ。もちろん女性の再婚禁止期間の廃止など32年の間に改善された部分もあるが、多くの問題は手つかずのままだ。「女性活躍社会」などスローガンだけは立派だが、現実はジェンダー・ギャップ指数156カ国中118位(2024年6月世界経済フォーラム発表)に甘んじている日本。「むべなるかな」である。

(全国保険医新聞2024年9月25日号掲載)

(こいけ・ゆきお)
第3次選択的夫婦別姓訴訟原告。2年前までは長野県の高等学校社会科教諭として勤務。退職後は水田と家庭菜園を耕作しているが、周辺の農地を見るにつけ日本農業の将来に危機感を覚えている。