真の「共生と予防」を目指して

全国保険医新聞 2022年6月25日号より

人に1人が認知症または予備軍になると言われる。認知症の人やその家族を支える体制整備は急務だ。一方で、国は医療費窓口負担増、介護の給付抑制と利用料引き上げ、年金削減など、高齢者の生活に負担増を強いてきた。認知症の人のこれまでと今、これからを、負担増の影響を交えながら、当事者団体「認知症の人と家族の会」からの寄稿で考える。最終回は同会理事の鎌田晴之氏と安藤光徳氏に解説してもらう。

住み慣れた地域での共生を模索する

鎌田晴之氏
鎌田 晴之

2019年に政府は「認知施策推進大綱」(「大綱」)を発出しました。これは前年末に発足した「認知症施策推進関係閣僚会議」でまとめられたものです。これまでの認知症施策は、「新オレンジプラン」のように厚労省が推進役となり、関連する省庁の担当課を取りまとめて作られてきましたが、これを総理大臣が議長を務める閣僚会議に引き上げ「国策」のランクを上げたわけです。

さて、その「大綱」では「基本的考え方」として、「認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人と家族の視点を重視しながら、『共生』と『予防』を車の両輪として施策を推進していく」ことが示されています。

そこでまず「共生」ですが、「大綱」では、「認知症の人が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また、認知症があってもなくても同じ社会でともに生きる、という意味である」とし、その「生きる」場所を「住み慣れた地域の中で」としています。

 

家族、医師、地域が一体となった環境作り

例えば、認知症の人がスーパーのレジで支払いに手間取っている時、レジの人や待っている人が作り出す空気から感じたものは、何を買ったのかは忘れても、生きづらさとして心に残ります。

岩手県の滝沢市や陸前高田市には「スローショッピング」を実践しているスーパーがあります。「自分で選んで自分で買う」という暮らしの実感を認知症の人に味わってもらうため、認知症の本人、介護家族、医師、地域包括支援センターそして地元のスーパーが何度も打ち合わせを重ねてスタートさせました。認知症サポーター講座を受講したボランティアが同行し、それぞれのペースでの買い物に付き添います。支払いは、急かされることのない「スローレジ」が用意されています。

こうした環境作りは、おそらくスーパー経営者の善意だけではできないでしょう。認知症の人と家族の思いを知ることと同時に認知症に関する正確な理解が前提になりますので、医師らの存在感が大きいところです。

ケアプランの有料化は「共生」に逆行

介護保険の訪問介護サービスでも、買い物に同行してもらえますが、そのためにはケアプランが必要になります。そこで気になるのは、すでに審議が始まっている次期介護保険制度改正で検討事項の一つである「ケアプランの有料化案」です。ケアプランは介護保険サービス利用の“入り口”です。
それは一度だけで終わるものではなく、利用者の希望する暮らしを実現するため様々な「社会的資源」を駆使する連絡調整等を担うものであり、他のサービスとは質の違うものです。サービス利用をしやすくするため無料にする、という理由は今でも有効です。有料化によって想定される利用控えは、要介護状態の悪化を招きかねません。的確なケアプランによる支援は「共生」の不可欠の条件といえます。

予防を阻む医療費・介護費の負担増

「予防」を巡る誤解

安藤 光徳氏
安藤 光徳

「共生」との両輪として位置づけられたのが「予防」です。「大綱」には、今までになかった「認知症予防」について具体的施策が提示されました。

認知症の発症遅延や発症リスクの低減を一次予防、早期発見・早期対応を二次予防、重症化防止、機能維持、行動・心理症状の予防・対応を三次予防としています。それを前提に、「基本的な考え方」として、「予防とは」、「認知症にならない」という意味ではなく、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」ことが重要であるとしています。

医療や介護関係者は、「予防」に関する知識がありますが、一般国民の場合、「予防」を「認知症にならない」という意味にのみ受け止め、認知症になることが「予防」を怠った自己責任として、間違って認識される恐れがあることを指摘したいと思います。

認知症予防をテーマにした書籍、サプリ、「脳トレ」等々が世の中に溢れていることは、こうした懸念を裏付けるものに思えてなりません。

「家族の会」は、一次予防は当然として、二次・三次予防にも重点をおいた施策に期待をしています。特に、早期発見・早期対応のためには、気軽に受診ができる環境作りが必要です。75歳以上の医療費2割負担化が、認知症の初期段階の受診行動に制限を加えることは明白です。

認知症に対する無理解や偏見が少なくなったとはいえ、認知症の診断を受けることを躊躇している本人・家族は少なくありません。こうした人々にとって、医療費負担増は、精神的にも経済的にも気軽に受診できる環境作りに逆行するものです。

認知機能の低下が進み、在宅介護が難しくなる段階で受診となれば、医療費・介護費抑制という国の目論見とは逆の結果を招きます。そもそも「大綱」では、認知症になっても「尊厳と希望を持って」、「住み慣れた地域の中で」生きることを勧めているはずです。

「家族の会」には、早期受診により、医療、介護の適切な支援を受け、認知機能低下が緩やかに進んだという声が寄せられている反面、受診や介護サービスの利用を躊躇したため、安穏な家庭生活が悲惨な状態になったという声も届いています。

負担増再考を強く求める

認知症のほとんどの疾病は、緩やかに進行します。「大綱」の「基本的な考え」は、理念であり目標です。それが画餅にならないためにも、認知症の初期の段階での受診、診断を受けた後の医療の継続と介護サービスの利用等が経済的理由で左右されることのないように、医療の自己負担の増と介護サービス費の増について再考を強く求めたいと思います。

最後に、「共生」も「予防」も、認知症の人と家族にとっては、医療関係者の方々の支援が不可欠です。これからもこれまで以上の支援をお願いしたいと思います。