【財政審「建議」抗議】 物価高・賃上げでも医療・社会保障削減は「時代錯誤」 

   2024年5月24日

全国保険医団体連合会

政策部長(医科) 橋本 政宏

政策部長(歯科)   池 潤

 

インフレ下で医療・社会保障削減を求める時代錯誤 

~財務省財政審「建議」について~

財務省の財政制度等審議会(財政制度等分科会)は5月21日、「我が国の財政運営の進むべき方向」と題して春の「建議」を公表した。「建議」は、防衛費倍増路線について当然視する一方、社会保障は切り詰めるよう求めている。防衛費倍増を前提に社会保障を削減することは本末転倒である。インフレ背景に賃上げが進められる中、医療・社会保障を削減することは時代錯誤でもある。「建議」に対して、本会は強く抗議するものである。

 緊急再改定等で医療経営原資を保障すべき

「建議」では、「安全保障」などの有事に備えて、「財政余力を確保していく」ことが必要として防衛費増額を当然視している。他方、社会保障については、「骨太の方針2024」を見据え、2025年度以降の予算編成に際しても、社会保障関係費の伸びを高齢化相当分に抑える「歳出の目安」を継続するよう求めている。

高齢化率が高いにもかかわらず、我が国の社会保障給付水準(対GDP比)は欧米先進諸国と比べて低く、医療・介護・福祉分野は一般産業と比べて大幅に低い賃金水準にある。しかも、異次元の物価高騰が続き、さらに医療従事者の働き方改革も本格開始されている。旧態依然に診療報酬はじめ医療・社会保障費の抑制を求める主張は時代錯誤であり、政権が進める賃上げにも逆行する。ましてや、防衛費倍増のため、医療・社会保障をカットすることは本末転倒と言わざるを得ない。

今次の診療報酬改定にしても、2024年度のインフレ率が2.5%、全産業の賃上げ見通しが3.95%(厚労省予測)となる中、技術料(本体相当)はプラス0.88%に留まるなど実質マイナス改定である。物価高騰に対応し一般産業の賃金水準が確保できるよう、緊急に診療報酬再改定等を通じて経営原資を手当すべきである。

 安全・安心な医療を壊す薬剤給付制限

「建議」では、政府の「改革工程表」で掲げる病床削減、医療・介護負担増などについて、「しっかりとした検討を行い、…、着実に実施していく」よう主張している。とりわけ医薬品給付について、我が国では、実質上、薬事承認=保険収載=薬価全体の保険償還という運用により、「公的保険でカバーする範囲が広い」と問題視し、保険給付範囲を見直すよう求めている。

薬剤給付が制限されるとなれば、診断から処置・投薬に至る一貫した治療の保障に支障を来すことは必至である。医薬品の供給不安が続く中、診断と治療(投薬)が分離されかねない提案は無責任のそしりもまぬかれない。

薬価算定制度本体の改善が現実的

関連して、高額薬品に関わる対応として、費用対効果評価について、評価する薬剤や価格調整する範囲を広げつつ、評価結果を「保険償還の可否の判断にも用いる」よう検討すべきとしている(保険収載しない場合、一部差額負担により使用を認める「保険外併用療養費制度の柔軟な活用・拡大」や「民間保険の活用」について検討)。他方、軽微な不調にはセルフメディケーションを推進するとして、スイッチOTC化の促進、OTC類似薬の給付制限などを求めている。抗がん剤など高額薬剤について保険償還しないことは患者・国民の支持が得られるとは言い難い。

費用対効果評価制度は分析体制の確保(利益相反含め)が難しく、制度の費用対効果が悪いとも揶揄されている。「建議」において、類似薬効比較方式(Ⅱ)について、類似薬の薬価と比較する際には「後発品」価格を勘案して設定するよう求めているように、新薬の高薬価の是正に向けて、本体の薬価(再)算定制度を改善することが現実的・効率的である。

また、「毎年薬価改定の完全実施」を求め、2025年度については、既収載品の算定ルールを全て適用するよう主張している。引き続き、 四大臣合意に従って「価格乖離が大きな品目」を対象とする中間年改定を続けるのであれば、不採算となる後発品等の安定供給確保に配慮しつつ、医療アクセス保障に鑑みて、後発品・長期収載品が中心となる「乖離率」による選定ではなく、「乖離金額」の大きな高薬価の先発品を中心に改定すべきである。

単価変動で偏在是正はお門違い

「建議」は、改革工程表に基づき「偏在是正に向けて、経済的インセンティブと規制的手法の双方を活用した強力な対策を講じる必要」があるとして、「病院勤務医から開業医へシフトする流れを止めなければならない」として、「診療所の報酬適正化をはじめとした診療報酬体系の適正化に取り組むべき」よう求めるとともに、現行10円となっている1点単価について、診療所の不足地域と過剰地域で「異なる1点当たり単価」を設定し医療資源のシフトを促すことを検討するよう求めている。当面、診療所の過剰地域における1点単価を引き下げて、浮いた公費分を活用して医師不足地域における対策を強化することを提案している。あわせて、「医師過剰地域における新規開業規制の導入」も検討するよう求めている。

地域に応じて1点単価を変えることは、全国一律の負担で同じ医療が受けられる公的医療保険制度の根幹を揺るがすものである。医療機関が少ない地域では、患者は都道府県内の国民健康保険料の統一化に伴う保険料引き上げに加えて、1点単価引き上げにより窓口負担も上がる理不尽な負担増を強いられる。1点単価調整で偏在是正はお門違いである。

開業したくなる街づくりを

各都道府県においてOECD平均水準の医師数にも達していない中、医師偏在指標は都道府県等を強引に序列化した相対評価指標にすぎない。どの地域も医師が絶対的に足りないのが実情である。医師は一人の人間である。医師不足・偏在の是正に向けては、キャリア形成・生涯研修の機会、まともな労働環境、さらに家族形成に関わった育児・介護・福祉サービスの保障など、“人間らしい仕事”が保障され、開業して住み続けたいと思える魅力ある“街づくり”政策との一体的な検討が強く求められている。構造改革と称して、社会・公共サービス削減を推し進め、地域に人が住めなくなる環境を作り出した国の政策こそ猛省されるべきである。

 

窓口負担3割こそ軽減すべき

「建議」は、医療において、▽入院食事給付の可否に預貯金等を勘案する、▽3割負担者の対象拡大、▽経済情勢に応じた窓口負担上限額(高額療養費制度)の見直しなど、介護において、▽ケアプラン作成の有料化、▽利用料の「原則2割」化や3割負担者の対象拡大、▽要介護1・2の訪問介護・通所介護の地域支援事業への移行(保険外し)、▽介護医療院・老健施設における多床室の室料負担引き上げ―など手当たり次第に負担増を求めている。

高齢になるほど収入が低下する一方、医療・介護の利用が増える高齢者において、窓口負担等が現役世代よりも低く設定されていることは当然である。「年齢ではなく能力に応じた負担」を強調するならば、現役世代(並み)の窓口負担3割を2割(又は1割)に引き下げることを検討すべきである。

全ての世代が健やかに安心して暮らせるように、こうした「建議」はじめ財務省は、政府の軍拡方針に問題点を直言するとともに、莫大な内部留保を溜め込み続ける大企業・富裕層に応分な負担を求めて、公正な税財政を再建しつつ、医療・社会保障を拡充することに力を注ぐべきである。