2025年6月2日
全国保険医団体連合会
政策部長(医科) 橋本 政宏
政策部長(歯科) 池 潤
医療界の深刻な状況に背を向けて、医療崩壊を進める
~財務省財政審「建議」について~
財務省の財政制度等審議会(財政制度等分科会)は5月27日、「激動の世界を見据えたあるべき財政運営」と題して春の「建議」を公表した。「建議」は、防衛費倍増路線は不問に付す一方、財政健全化に向けて医療・社会保障削減を続けるよう求めている。インフレの下、社会的に賃上げが進む一方、診療報酬が抑制されてきた医療界は大きく取り残され、人材確保はじめ医療提供維持に支障を来している。医療界の深刻な状況に背を向けて、医療・社会保障削減を進める「建議」に対して、本会は強く抗議するものである。
「歳出の目安」廃止、緊急改定こそ提言すべき
「建議」では、金利が上昇するもと、利払い費の増加リスクを警戒して、医療・社会保障をはじめ国民生活を犠牲にした「財政健全化」を呼びかけている。安全保障環境の厳しさを強調して、「経済・財政の強靱性を高めていく」として、防衛費倍増は不問に付す一方、社会保障関係費の伸びを高齢化相当分に収める「歳出の目安」については、「過去 10 年間、いわゆる歳出の目安の下で制度改革を行いながら、メリハリある予算編成を実施」してきたとして、基本的に維持する姿勢を示している。同様に、2026年度診療報酬改定について、「全体として診療報酬の適正化を図ることが必要」として削減するよう強調している。
多くの医療団体の調査からも明らかなように、物価や人件費の高騰で多くの医療機関が非常に厳しい経営を強いられている。本会による2月実施の調査でも、3分の2の医療機関(診療所、病院)が、昨年1月と比べて収入が「下がった」と回答している。うち4割の医療機関が1割以上の収入減少である。光熱費・材料費の高騰分や人件費を診療報酬改定で「補填できていない」と回答した医療機関は9割を超えている。2024年度改定が実質マイナス改定であったことは明らかである。
物価高騰が続く中、非課税扱いによる消費税負担も重くのしかかり、スタッフ確保や設備維持・改善に困難を極め、診療科の閉鎖・縮小に留まらず、地域から医療機関が消えていく事態が現実味を帯び始めている。財政審は、医療提供の存続・充実に向けて、「歳出の目安」方針は廃止すること、緊急に診療報酬再改定等を通じて経営原資を手当するよう提言すべきである。
重なり合って支える外来点数体系こそ必要
「建議」では、診療報酬の適正化(削減)に関わって、かかりつけ医機能について、地域包括診療料・加算と認知症地域包括診療料・加算の統合、外来管理加算の再診料への包括化(廃止)、機能強化加算の廃止を含めた抜本的見直しなどを求めている。
各々の点数は、継続的・全人的な医療の評価、内科を中心とした再診時の全人的な医学管理や専門医療機関への紹介を含む質の高い診療機能など概ねすみ分けがされている。医師は自身の医療機関の機能・体制にも留意しつつ、患者の求め・状態に応じて適合する点数を算定しており、治療上で大きな問題も生じていない。歴史的にも、外来管理加算については、内科系はじめ地域の医療提供体制を維持する意味合いも含まれてきた。
「建議」が示すような各点数の整理・統合は乱暴である。疾患の早期発見や重症化の見落とし防止に向けて、各々の医療機能(点数項目)が緩やかにも重なり合いながら、高齢者をもれなく支えていく方向での改善が必要である。
治療への越権的介入はやめるべき
さらに、「建議」は生活習慣病治療に関わって、症状が安定してきた患者について受診を月1回から減らすようよう求めている。受診頻度は、医師が患者の疾病・全身状態や服薬遵守などを基に判断しつつ、患者とも相談して決めている。「建議」の提案は治療への越権的介入と言わざるを得ない。
生活習慣病管理に関わっては、2024年度診療報酬改定の不合理こそ是正すべきである。先の改定で糖尿病・脂質異常・高血圧の治療が特定疾患療養管理料から生活習慣病管理料に移行された。本会による会員調査では、上記3疾患以外の疾患に対する医学管理(悪性腫瘍、糖尿病(主病)以外での在宅自己注射など)も生活習慣病管理料に包括化されたことで、悪性腫瘍などでの医学管理が正当に評価されていないとの声が多く聞かれる。専門的な管理を要する複数の疾患を罹患した患者が多くなる中、医師が個々の疾患に対して行う医学管理を正当に評価すべきである。
財源の付け回しではなく、全体の底上げが必要
「建議」は、医師偏在対策に関わって、診療所過剰地域における1点単価(10円)の引き下げなどの「地域別の診療報酬の仕組みの活用」、さらに地域で過剰な医療提供が生じている診療分野にはアウトカム評価を導入して、評価に満たない場合、1点単価を切り下げることまで主張している。
地域に応じて1点単価を変えることは、全国一律の負担で同じ医療が受けられる公的医療保険制度の根幹を揺るがすものである。高齢者が増える都市部ではかかりつけ医機能や在宅医療の充実が急務だが、物価高騰で医療経営が困難になっている。地方では開業医の高齢化が進み、承継問題が深刻化しており、このままでは診療所そのものがなくなりプライマリケア提供の基盤の維持も危ぶまれている。財源を都市部から地方へ付け回すのではなく、全体を底上げすることが必要である。
何をもって「過剰」な医療提供というのかも理解に苦しむ。患者は疾病、健康上で不安を感じ、必要と思い受診している。受診した結果、杞憂に終わったり、軽症や疾患の早期発見であればそれにこしたことはない。検査、処置やリハビリにしても医師が必要と判断して実施している。
医薬品保険外しは患者の命にかかわる
「建議」では、OTC 薬(市販薬)の対象拡大、市販化した医薬品(OTC類似薬)の「保険給付の在り方の見直し」(薬剤費・技術料など全額自己負担、薬剤費のみ全額自己負担)などをあげている。
市販薬使用をめぐっては、本会を構成する大阪府保険医協会の調査では、医療機関の4割が市販薬服用で副作用が出たり、重症化して来院した患者を経験している。市販薬を拡大すれば、患者が自己判断で市販薬を使用して受診控えによる症状の悪化や過剰摂取のリスク、さらに未成年を中心に広がるオーバドーズ(薬物使用の乱用)の拡大などが強く危惧される。
市販薬は処方薬に比べて価格が各段に高い。市販化した医薬品が保険給付の除外・制限となれば患者負担は大幅に増える。さらに、自治体独自の子ども医療費助成制度、難病など公費負担医療の助成対象外となる。少子化対策に逆行するとともに、難病患者などは命に直接関わる事態ともなりかねない。診断と治療(投薬)を公的保険診療等において一体で保障する運用は堅持すべきである。
窓口負担の軽減こそ
その他、「建議」では、医療では、▽入院患者の光熱水費・室料の全額自己負担化、▽75歳以上の2割・3割負担者の対象拡大、▽75歳以上の保険料負担の引き上げ、介護では、▽要介護1・2の訪問介護・通所介護の地域支援事業への移行(保険外し)、▽利用料の「原則2割」負担化や3割負担者の対象拡大、▽ケアプラン作成の有料化、▽介護医療院・老人保健施設における多床室の室料負担の自己負担化など手当たり次第に負担増を求めている。高齢になるほど収入が低下する一方、医療・介護の利用が増える高齢者において、窓口負担等が現役世代よりも低く設定されていることは当然である。「年齢ではなく能力に応じた負担」を強調するならば、現役の窓口負担3割を2割(又は1割)に引き下げることなどを検討すべきである。