【要望書】「医師偏在対策パッケージ」の改善と課題解決に向けた対応を求める(12月4日提出)

厚生労働大臣
福岡資麿 殿

2024年12月4日
全国保険医団体連合会
医科政策部長 橋本政宏

「医師偏在対策パッケージ」の改善と課題解決に向けた対応を求める

貴職が国民の命と健康、暮らしを守るために果たされますご重責に敬意を表します。
厚生労働省では、年末に向けて、「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」の取りまとめを進めています。医師偏在対策は急務の課題ですが、それまでの政策の経緯と問題点への反省も踏まえつつ、効果的な施策を打つことが大切です。
以下、医師の不足・偏在の是正に向けて、地域医療の第一線を守る診療所・中小病院で働く医師の立場から、地域医療を守り充実させるため必要な対策について述べるものです。
厚生労働省におかれましては、医師偏在対策について、以下の趣旨・要望を十分に踏まえていただくよう要望いたします。

医師数は絶対的不足 医師偏在が一層深刻化
日本では、医師総数がOECD水準(単純平均)の約3分の2の水準に留まるなど医師数が絶対的に足りない下で、地域間において偏在が深刻化し、地方、都市部の双方で医師が不足している。医師偏在の大元には、日本の医師総数が圧倒的に少ない問題がある。これは1980年代以降、国の医療費抑制政策の下、医師養成数(医学部定員数)を削減・抑制してきた結果である。現在の医師の不足・偏在は、国の方針が招いた結果であり、国に第一義的責任がある。

診療所医師の高齢化、持続可能な就労環境を
これまで、長時間過密労働(経営者意識・マネジメントの低さ含め)と大学医局主導の医師派遣などで偏在を取り繕ってきたが、行き詰まり、限界にきている。こうした中、少子化(人口減少)、「働き方改革」の本格的開始、患者の高齢化(入院医療・外来医療・在宅医療に渡る整備)も重なって、医師の不足・偏在に拍車がかかる事態となっている。
地域で受け皿と期待される開業医(診療所)は、平均年齢が60歳を超えて高齢化(承継問題)が進み、承継の問題はじめ現状の医療提供の継続も危ぶまれている。次の時代を医学生、若手医師においては、マインドの地殻変動も進んでいる。ワークライフバランス一つをとって見ても、若手は負担が集中する医療機関・診療科や地域は敬遠する。自身のキャリア・人生や家族等を持つ一人の人間として至極まっとうである。持続可能でない就労環境は安全で良質な医療提供に支障をきたす。

医師確保計画の達成は半数以下
この間、国は、医師確保計画(医療計画)を進めているが。最初の医師確保計画(2020~23年度)において、医師少数県で目標を達成したのは、16県のうち6県である。とりわけ医師不足が深刻な東北地方は1県も含まれていない。2次医療圏単位でも、目標を達成した区域は105区域のうち43区域に留まる。達成すべき目標水準が低く設定された中でこうした結果である。各種報道にもあるように、地方・中山間地、24時間応需の診療科(例えば、救急、産科、外科、小児科)などで医提供体制が維持できなくなる事態が起き始めている。

インセンティブ・支援基調の施策を
原状の医師の不足・偏在は、医師養成数(公的医療費)の抑制を進めてきた我が国の医療政策の結果(到達点)である。医師養成数の抜本増に舵を切ることが不可欠だが、同時に現下の是正対策に魔法の杖(決定打)は存在しないことも現実である。将来を展望しつつ、現場の状況に応じて施策を柔軟に組み合わせつつ、丹念に粘り強く進めることが必要である。
また、フリーアクセス、自由開業医制、民間医療機関を主体とした医療提供体制の急激な変更は政策的な害が大きい。過渡的措置は別として、公的医療機関への負担のしわよせなどは早晩行き詰る。規制的・強制的な手法よりも、広くインセンティブ・支援を基調とした施策こそが必要である。

以上を踏まえ、(1)病院勤務医不足に係る医療提供体制の破綻を回避する、(2)地域医療の第一線に従事する診療所(新規開業希望者含め)の存続を求める観点から、医師偏在対策について、「1.速やかな対応が求められる施策・課題」、「2.今後の医療提供体制を見据えた施策・課題」、「3.中長期的な施策・課題」に分けて、各々、要望(及び検討課題)を述べる。
最後に、上記以外の「4.都市部での新規開業規制などの論点」に関わって、要望する。

<要望、及び検討すべき課題>

1.速やかな対応が求められる施策・課題

①国は、OECD水準(単純平均)に達していない日本の医師数の現状を直視すべきである。
・医師が足りているとの前提に立った相対評価に基づく「医師偏在指標」や指標に基づく運用スキームに拘泥したり、絶対視すべきではない。

②医師確保に奔走する医療機関の努力は限界にきている。国・行政は地域の医師確保に責任を持つべきである。
・国、自治体が、個々の医療機関が求める要望・求めに応じて、迅速に医師の派遣・手当を図る運用スキームを考案・構築する。
・特に、救急(精神科含め)、外科、小児科、産科(分娩)など24時間応需体制が必要な科を優先する。
・自治体・民間問わず、要請があった全ての病院に積極的に手当を図る。
・地域の患者・住民の潜在的なニーズにも配慮する。

③病院における1次救急(夜間・休日対応)をバックアップする仕組みを構築・拡充する。
多くの地域において、開業医が小児診療を行う病院で夜間・休日の診療を行う体制が構築されている。開業医の高齢化などで輪番制が困難になり、大学病院が1次救急を担う地域もある。
・地域の実態も踏まえつつ、病院の夜間・休日診療を支える地域連携の仕組みについて、高齢者の1次救急はじめ一般診察にも拡大していくことについて検討する。
・輪番制を担う医療機関、地域の医療団体、行政、住民の間でコンセンサスを形成ながら、丁寧に進めていくことが大切である。

④当面、医療提供体制全般の維持に向けて、以下について手当・支援する。
・高齢化する開業医の承継支援、医師が足りない地域における開業支援(運用資金)。民間医療機関の存続・設置が難しい場合、国保診療所など公的医療機関の設置を積極的に検討する。
・患者が減少する地域で医業経営を行う際の経営保障(固定収入・減収補填を念頭)。
・医療安全に配慮しつつタスクシフトへの支援。事務の効率化への支援。
※施設基準化による強制ではない。
・医師を派遣する大学病院・基幹病院への各種支援。

⑤偏在を悪化させないためにも、診療報酬等について、少なくとも以下の手立てを早急に打つ。
・医療従事者の他産業へ流出・潜在予備軍化を食い止めるため、基本報酬、補助金の底上げ、賃上げ税制の改善などを早急に行う。
・地域の医療提供体制を攪乱するだけの「地域別単価」は到底認められない。
※インフレ下で都市部の単価切り下げは医療機関破綻に拍車をかける一方、地方での単価切り上げの効果は疑問である。地方では、研修・研鑽機会の確保、子弟教育、介護・福祉サービスの確保など、医師自身のキャリア形成や家族形成に関わる公共サービス全般の充実こそが必要である。

2.今後の医療提供体制を見据えた施策・課題 

①高い地域定着効果(臨研後で9割)が検証された「地域枠」は継続的に拡充する。県・大学が臨時定員増で求める場合、積極的に認める。
・地域枠の運用にあたっては、医学生の人権を擁護する運用・制度について担保する。例えば、意識・実態調査、不利益契約の是正・救済、相談支援の充実などを図る。
・地域従事義務がない「一般枠」の学生について、地域定着に向けて指導・教育・実習を充実させる。教育・実習に協力する病院や自治体に対して、国が支援する。
・地域従事期間を終了した医師に対して、地域定着(≠首都圏Uターン)への支援も進めつつ、フォローアップを行う。
・医学部総定員数の削減は凍結・中止する。

②偏在是正に向けて、若手医師にしわ寄せを求めるような、▽医師の諸事情への配慮を欠く地域枠運用の厳格化、▽新規開業の規制(病院・診療所間の是正)、▽医師が少ない地域に従事した医師に病院長資格を付与する、▽お金で誘導する経済的インセンティブ(例えばドクターフィー)などは、偏在対策の基本的な方向性をはき違えていると言わざるを得ない。
・とりわけ、現在の地域医療支援病院に関わる「管理者要件」について、対象範囲は拡大すべきではない。
・意図した政策的効果は極めて低い一方、対象病院範囲の拡大は病院管理者の確保に支障きたすなど害が大きい以上、今後、管理者要件の廃止も検討すべきである。

③医学生や若手医師を対象とした人生・職業観に関する大規模調査を定期的に行う。調査結果を踏まえ、対策・解決策を検討・立案していくことが必要である。
・今後の日本の医療を担う若手のマインドを無視した政策は失敗が必至である。審議会でのヒアリングなどは当然のことであり、さらに次世代の意向を医療政策過程に適切にビルトインする仕組みをつくるべきである。
・並行して、医学部教育カリキュラム改革を進め、国民皆保険制度、公的医療保険制度や地域医療の意義などについて、適切な座学、実地での研修・教育を進める。

3.中長期的な施策・課題

①OECDでは医師数は4人(人口千人)への上昇を展望していることからも、当面、OECD水準(単純平均)を目指して、我が国においても医師養成数の増員は続けるべき。

②医療現場において人員補填の即効性は極めて高いことから、各種コメディカルの育成・増員を計画的に進めるべきである。

③医師偏在対策の効果の発揮にも関わって、地域の再建を進めることが不可欠である。地方行政、生業・雇用、医療・介護・福祉を三位一体として、インフラ整備を進め地域を活性化する。安心して住める(住みたい)と思う魅力的な地域の創出を目指す。医師偏在の背景には、医師不足に加え、地域の疲弊の進行、地域間格差の拡大がある。

4.都市部における新規開業規制などの論点(上記1~4以外)について

①外来医療の偏在是正策の論点に上がっている「外来医師多数区域の都道府県知事の権限強化」について、以下、要望する。
・新規開業の認定制(例えば、県が要請した医療を担わない場合、開業を認めない)や、キャップ(定数上限)を設ける制度には断固反対する。
・「外来医師多数区域において正当な理由なく要請した地域で必要な医療機能を提供しない場合は、都道府県において勧告・公表を行うこと」提案については、医療機関側の事情に十分に配慮した都道府県による抑制的な運用が求められる。
・医療機関が自治体からの要請に応じた場合、補助・手当など支援を行うべきである。

②営利目的の「美容整形」「美容医療」(新規開業含め)については、消費者保護に留まらず、公的医療保険制度を守る観点から、実効性ある規制を強化する。
・医学部教育段階より、国民皆保険制度、地域医療を守るマインドを積極的に育成・涵養する。

③リタイア後の医師が希望した場合、へき地等でプライマリケアに従事できる仕組みの整備は必要だが、過剰な期待視は禁物と考える。
・第2の人生におけるゆとりへの願望(例えば、短時間勤務)、新たなスキル習得のハードル、就労条件等のマッチングの難しさなどから、政策上の費用対効果が高いとは言い難い。また、過剰なセカンドキャリア待望論は、予備役を前線に狩り出すような政策論にもなりかねない。
・国・都道府県は、目下、へき地などへ行われている医師派遣の継続を死守することに最大限注力すべきである。

④新型コロナウイルス感染拡大によって、感染症専門医の不足・偏在が浮き彫りになったことは記憶に新しい。高度・専門医療の確保については、関係学会等の意見も踏まえつつ、国が計画的に専門医を養成し配置する仕組みも含めて、全責任をもって取り組むべきである。

⑤医師偏在是正(≒医療アクセスの確保)に関わって、診察の手法・手段が大幅に限定されるオンライン診療の活用には慎重であるべきである。
・「オンライン診療に関する総体的な規定の創設」(医療法に追記を予定)に関わって、法規定(オンライン診療を実施できる場所の‟規制緩和”)をテコにして、医師偏在是正を図っていこうとするようなことは認めがたい。
・医療MaaS(オンライン診療専用車両)に見られるような、通院困難な患者に対するオンライン診療(従前は通院、訪問診療)については、診療患者数が増える医師(医療機関)や訪問看護師への過重な負担を防ぐ手立てが必要である。

⑥マイナ保険証の推進は円滑な医療提供を阻害している。「医療DX」は任意又は凍結・中止すべきである。

以上