高薬価問題を考える ④経口薬モルヌピラビルはゲームチェンジャーになりうるか?

全国保険医新聞2022年1月25日号より

 

 遺伝子技術を用いた新型コロナワクチンから難病の治療法など日進月歩の先進医療に関する薬価、治療費の問題を名古屋大学名誉教授の小島勢二氏(写真)が解説する。(最終回)

 

新型コロナ感染症への切り札として期待されるモルヌピラビルが、昨年末に特例承認された。モルヌピラビルはエモリー大学発のベンチャーによって創製され、メルク社によって開発された製剤である。アビガンと同じく、RNAポリメラーゼを阻害することにより、ウイルスRNAの配列に変異を導入して、ウイルスの増殖を阻害する。
アビガンでも催奇性が懸念されているが、モルヌピラビルにおいても、動物実験で催奇性や胎児致死がみられた。その結果、妊婦や妊娠の可能性のある女性には禁忌であり、投与後一定期間の避妊が必要とされている。
全量を日本政府が買い上げ、登録された医療機関や薬局から供給されるが、薬剤費は全額公費負担である。

治験結果への疑念

モルヌピラビルの申請は、日本を含む21カ国でおこなわれた2重盲検比較試験の結果に基づいて審査された。1,550例が目標症例であったが、中間解析の結果が良好で新規症例の登録が中止され、762例の結果で薬事審査がおこなわれた。中間解析には、日本人は含まれていない。
主要評価項目である無作為化29日後までの入院あるいは死亡例の割合は、モルヌピラビル群では28/385(7.3%)とプラセボ群の53/377(14.1%)と比較して50%の有効率が得られた。死亡例もプラセボ群では8人みられたのに、治験薬群ではみられなかった。この結果が10月初旬にニュースで報道された“コロナ経口薬で入院率半減”の元情報である。モルヌピラビルの添付文書に記載されている治験成績の結果もこの数字が使われている。
ところが、困惑することに、11月末になって有効率が30%に下方修正された。この治験は2021年の5月6日に開始され、9月10日までに登録された症例によって中間解析されたが、最終的に患者登録が終了したのは10月2日で、治験に参加した総患者数は1,433例であったが、1,408例について有効率が評価された。患者数が増えた結果、有効率が50%から30%に減少したというのである。
最終解析では、モルヌピラビル群の入院あるいは死亡した割合は48/709(6.8%)でプラセボ群の68/699(9.7%)と比較して、相対リスクは30%の減少となった。絶対リスクの減少は2.9%であることから、本剤の投与による恩恵があったのは、34人のうち1人にすぎない。
中間解析以降に追加された671人について両群を比較すると、モルヌピラビル群の入院あるいは死亡した割合は20/324(6.2%)でプラセボ群の15/322(4.7%)と比較してかえって高かった。中間解析後の症例を加えたことにより、両群の差が縮小したことの要因に関して、審議書では不明とされているが、サブグループ解析では変異株の種類によって有効率に違いが見られることから、追加症例の多数を占めるデルタ株の感染者が有効率を下げた可能性も考えられる。また、コロナ抗体陽性例やアジア人種においては、モルヌピラビル群の優位性は示されていない。

薬事承認前に購入契約を結ぶことは妥当か?

自民党は、先の衆議院選挙の公約としてコロナの経口薬の普及を掲げていたが、モルヌピラビルが念頭にあったと想像される。実際、政府は薬事承認される前の11月10日に、第6波に備えた対策として160万人分のモルヌピラビルを購入する契約をメルク社と結んでいる。契約価格は12億ドル(1,350億円)で、1人あたり約8万円だ。
今後、上市が予定されるファイザー社の開発したコロナ経口薬であるパクスロビドは、入院や死亡を89%減少させる治験結果が得られている。このような状況下で、フランスはモルヌピラビルの購入契約を破棄し、パクスロビドの追加購入に充てることにした。
重症度を含めコロナの感染像が人種間で異なることはよく知られているが、本治験には、追加症例として8人の日本人が参加したのみである。第6波においてはオミクロン株によるブレイクスルー感染が主流となることが予想されることを考慮すると、わが国で本剤が有用であるかについては未知数と言わざるを得ない。(了)