「安心供与」は戦争防ぐメッセージ

9条改憲で何が変わるのか

上智大学教授 中野晃一氏が講演

 ロシアによるウクライナ侵攻が終わりを見せない中、日本を取り巻く安全保障環境への不安から、戦争放棄と戦力不保持を定めた日本国憲法第9条の改憲が必要との声も少なくない。岸田首相は改憲の国民投票を目指す意欲を示しており、今後政治上の大きな争点になるとみられる。保団連が7月2、3日に開催した夏季セミナーで記念講演した上智大学教授の中野晃一氏(写真)は、9条が戦争を防ぐメッセージとして機能してきたと語るとともに、自民党の改憲案では、国民の生命や権利よりも「国」を優先する体制になりかねないと、警鐘を鳴らした。講演の概要を紹介する。

国民の命より「国」守る

「9条で外国の侵略から日本を守れるのか」と問われることがよくある。しかしそもそも9条は、戦争をしたり戦力を持つことを国に禁止する条文で、自衛権行使を認める根拠になるものではない。
政府が国の自衛権行使の根拠としているのは、「平和のうちに生存する権利」を謳う憲法前文と、「個人の尊重」や「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定める13条だ。これらを守るために必要があれば、9条の下でも自衛権の行使が認められる。政府が守るべき対象は、あくまでも「国民の権利」なのだ。
9条改憲すればどうなるか。自民党の改憲案によれば、自衛権行使の根拠が「国」を守ることへと変わる。「尖閣諸島が危ない」「台湾で有事が起きた」等の理由で、国民の権利に影響がなくても、国を守るために国民を戦争に巻き込むことが可能になる。
9条が変わるだけでなく、前文と13条も実質的に破壊されてしまうということだ。

 

「殺し殺される」を回避

 

9条は国の自衛権行使の根拠にならないが、9条の存在は、事実上2つの意味で私たちを守ってきたと言えると思う。
1つ目は、米国の戦争に巻き込まれなかったという点だ。2015年までは9条の下で集団的自衛権は行使できなかったので、日本は米国と同盟関係にあっても、朝鮮戦争やベトナム戦争で直接殺し、殺される状況にはならなかった。
一方9条のない韓国は、米国との同盟関係の下でベトナム戦争に派兵し、多くの人が命を落としたし、ベトナム兵を殺している。
2つ目は、9条が周辺の国に、日本は戦争をしないという「安心供与」をしている点だ。
安全保障において、抑止のために軍事力だけを高めていくと、相手には戦争をするつもりかと思われ、双方の軍事化が進み、高いレベルになったところで衝突してしまうこともあり得る。抑止を実効あるものとするためには、戦争を未然に防ぐ明確なメッセージを発しなければならない。9条がまさにそれだ。
かつて日本が侵略した周辺国に対し、9条を示して攻撃する意図はないと伝えれば、日本が攻撃される危険性も弱まる。9条を改憲したら、日本が攻撃をしかけるかもしれないという逆のメッセージになってしまう。

防衛費膨れ国防国家に

 

憲法学者の間では、9条は、国が軍事にお金を使いすぎることを阻止するために作られたとの指摘もある。戦前の日本は、国を守るという名の下に、軍備拡大に税金を使ってエスカレートしていった。そうした事態が二度と起こらないようにするということだ。
一方25条2項では、国が社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上・増進に努めなければならないとしている。9条と合わせて、社会保障や医療に積極的に税金を支出することが憲法上定められている。
政府による防衛費の倍増方針により、これが脅かされている。さらに9条が改憲され、13条が大きく揺らぎ、国民の権利より国を守ることが優先されるようになれば、防衛費が膨れ上がり、医療や社会保障への公金支出が削られていく。平和国家から国防国家への変貌だ。
9条改憲は今後、政治上の大きな争点になってくるだろう。絶対に許されないと、声をあげていかなければならないと思っている。