日弁連は、2023年11月14日付けで「マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行保険証の発行存続を求める意見書」を取りまとめ、同月28日付けで総務大臣、厚生労働大臣、デジタル大臣、個人情報保護委員会委員長、都道府県知事、政令指定都市市長、全国知事会会長、全国市長会会長、全国町村会会長、全国都道府県議会議長会会長、全国市議会議長会会長及び全国町村議会議長会会長宛てに提出しました。
マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行保険証の発行存続を求める意見書 (nichibenren.or.jp)
日本弁護士連合会:マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行保険証の発行存続を求める意見書 (nichibenren.or.jp)
マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行保険証の発行存続を求める意見書
2023年(令和5年)11月14日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
政府は、2024年秋までに現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証へ原則一本化する方針である。
しかし、この方針は、そもそもマイナンバーカードの取得は任意であるという原則に反する上に、特に高齢者や障害者に対してマイナ保険証発行のための申請行為等を課して現行制度よりも保険医療を受ける権利の水準を低下させるなど、数々の弊害が発生するものである。
よって、当連合会は、政府に対し、以下のとおり要請する。
1 マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行の健康保険証の発行を存続すること。
2 マイナンバーカードの利活用については、カードを取得しない自由を保障するとともに、カードの取得を希望する者に対してプライバシーを最大限保障し、さらに、地方自治体等の意向を踏まえて現場に過度の負担をかけないようにすること。
第2 意見の理由
1 2023年6月の健康保険法一部改正法等の成立
2023年6月2日、2024年秋までに現行の紙(プラスチック)製の健康保険証を廃止し、原則としてマイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証に一本化し、例外的にマイナ保険証を取得できない理由がある者には、申請により「資格確認書」を発行する制度に移行する医療保険各法の改正法が成立した。
例えば、健康保険法においては、第51条の3を新設し、「被保険者又はその被扶養者が電子資格確認を受けることができない状況にあるときは、当該被保険者は・・・保険者に対し、当該状況にある被保険者若しくはその被扶養者の資格に係る情報として厚生労働省令で定める事項を記載した書面の交付・・・を求めることができる」と定め、「電子資格確認」(マイナ保険証によるオンライン資格確認)ができない状況にある者は「資格確認書」の発行を求めることができるとした。「資格確認書」の形式、内容等は未だ明らかではないが、おおよそ現行の健康保険証と同様のものとなることが想定されている。同法は同年6月9日公布され、施行期日は公布の日から1年6月以内の政令で定める日とされている。
2 マイナ保険証への一本化は「任意取得の原則」に反する
マイナ保険証への一本化を原則とするという方針は、「国民皆保険」制度の下、マイナンバーカードの取得を事実上強制するものであって、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法)第17条第1項の申請主義(任意取得の原則)に反するものである(2022年9月27日「「マイナ保険証」取得の事実上の強制に反対する会長声明」、2021年5月7日「個人番号カード(マイナンバーカード)普及策の抜本的な見直しを求める意見書」)。
すなわち、任意取得の原則は、第1に、マイナンバーカードの交付には厳格な本人確認が必要となるため、本人が、市区町村の窓口等に出向かざるを得ないところ、これを住民に強制することができないこと、第2に、カードを取得するかどうかは、本人がカード取得による利便性とプライバシー等に対する危険性とを利益衡量して決めることができるようにするために定められたものであるからである。
ところが、マイナ保険証へ一本化することは、以下のようにこの原則を定めた趣旨に著しく反する。
3 マイナ保険証の取得・管理が困難である人を置き去りにしている
(1) 申請手続をしないと取得できないマイナ保険証
現行の健康保険証は、特段の申請行為を行わなくても、保険者から自宅や職場に健康保険証が送られてくる。これに対して、マイナ保険証は、顔写真を付けてマイナンバーカードの交付申請を行った上、市役所等で厳格な本人確認を行い、パスワード等の登録を行わなければ交付を受けられず、保険証として利用できない。その上、マイナ保険証に利用する電子証明書を更新するために、最低5年に一度は更新申請手続が必要となる。
なお、マイナ保険証の代替手段である資格確認書についても、法律上は、その申請を行うことが必要である。
(2) 介護施設入居者等にとって対応困難なマイナ保険証
(1)で述べたように、マイナ保険証は申請行為やパスワードの管理が必要であるため、上記健康保険法等の一部改正法案の国会審議の過程で、介護施設入居者、独居の高齢者や障害者の方たちは、マイナ保険証の取得や管理、更新手続が困難となり、その結果、保険医療が受けられずに、場合によっては生命の危険にすら直面したり、カードとパスワードの管理が困難となるために個人情報や財産に対する危険に直面したりする可能性が存することが実証的に明らかにされた。
すなわち、①上記の人たちは、マイナンバーカード(マイナ保険証)の取得申請自体が困難であることが多い。その上、②介護施設等では、83.6%の施設で利用者や入所者の保険証を管理しているところ、マイナ保険証に一本化されると、施設ではパスワードの管理まで行うことは、施設関係者に多大な負担となることから対応困難との回答が多数寄せられている(2023年3月下旬から同年4月にかけて、全国保険医団体連合会(保団連)が42都道府県の介護施設等を対象に行った調査結果)。
これに対し、政府は、暗証番号なしのマイナ保険証を作るなどという対策案を述べたりもしているが、それでは顔認証できない場合は医療機関が目視により本人確認をするなど特別の対応をせざるを得なくなるなどの問題があり、場当たり的な案であると言わなければならない。
(3) 紛失時の再発行に時間と手間がかかるマイナ保険証
認知症の患者などは保険証を紛失等することがよくあるが、マイナ保険証の場合は、上述したように写真を付して再発行申請手続が必要となる上、その再発行まで相当長期間、保険資格の証明手段を失うこととなる。さらに現行の保険証の場合と異なり、1,000円の再交付手数料の負担も生じる。
デジタル庁は、ウェブサイトで、この再発行期間について、「現在お受け取りいただくまでに1から2か月かかっている期間を・・・市町村の窓口で申請をすれば、長くても10日間程度でカードを取得することが出来るように検討を進めてまいりますので、しばらくお待ちください」と説明しているが、申請者はまず写真を準備して申請をしなければならず、また、10日というのも努力目標であって実現可能性は疑わしい。
(4) 保険資格証明手段、本人確認手段を喪失させるマイナ保険証
現行の保険証は、券面をコピーするなどして、簡単に被保険者番号等を確認し保存することができるが、マイナ保険証の場合は、券面に被保険者資格が表示されていないので、コピーをとることも困難である。
また、現在、顔写真のない本人確認書類としてもっとも一般的な現行の保険証がなくなれば、マイナ保険証を紛失した場合などの再交付手続の際、申請者が本人であることの証明手段にも事欠くことにもなりかねない。
(5) 政府の対応策の不合理性~資格確認書のプッシュ型配布
以上のような様々な問題が社会問題化したため、2023年8月4日、政府は、資格確認書を、マイナ保険証を取得していない全員に対して、申請なしのプッシュ型で交付し、その有効期間も1年間から5年までの間で保険者が選択できるようにするとの方針を表明した。
しかし、この方針は「当分の間」のものに過ぎない上、保険者に、マイナ保険証の未取得者を確実に洗い出す負担をかけることになり、6で述べるように現場に過度の負担を押し付けるものである。上述の諸問題、及び、プッシュ型で交付するということも併せ考えるならば、現行の健康保険証の廃止をしない方が合理的である。また、その方が、保険医療を受ける権利を確実に保障するものとなる。
政府の方針は、あくまでもマイナ保険証一本化への移行実現自体を維持することを第一目的としているとしか考えられず、極めて不合理である。
4 マイナ保険証未取得者に医療費負担格差をつける不合理性
政府は、マイナ保険証取得を促すために、現行保険証を用いた受診の場合、マイナ保険証を用いた受診の場合に比べて、初診で12円、再診で6円、調剤薬局での利用で6月毎に6円(2023年4月より。窓口負担3割の場合)高い負担としている。5で述べるように、マイナ保険証を利用したほうが「より良い医療を受けられる」ことを理由とするならば、マイナ保険証利用の場合の方が高くなるのが合理的であり、実際に2022年4月の時点ではマイナ保険証利用時の方を高くしたにもかかわらず、それではマイナ保険証の普及を阻害するという理由から、急遽方針を転換して、現行保険証の方を割高にしたものである。これは、同一の保険料を支払っているにもかかわらず、不合理な差別をするものであり、また3で述べたマイナ保険証の取得が困難な人たちが「資格確認書」で医療を受ける権利を低下させるものでもある。
5 政府のあげる目的・利点の不合理性
政府のあげるマイナ保険証の利便性は、以下のように不合理な点が存する。
(1) 重複投薬防止等の利点は現実と齟齬している
ア 厚生労働省などは、そのウェブサイトにおいて、マイナ保険証を用いたオンライン資格確認システムの導入により、なりすましの防止ができる、「患者の方の直近の資格情報等(加入している医療保険や自己負担限度額等)が確認できるようになり、期限切れの保険証による受診で発生する過誤請求や手入力による手間等による事務コストの削減できる」、「特定健診等の情報や診療/薬剤情報を閲覧できるようになり、より良い医療を受けられる環境」となるなどと利点を挙げる。
イ しかし、第一に、他人になりすまして健康保険証を使う「不正利用」について、厚労省は頻度・状況などについて公式の報告は示しておらず、また、医療の現場からは「なりすまし」防止を求める声も出ていない。さらに、そもそも、マイナ保険証を利用した顔認証による資格確認は、プライバシー侵害の程度が高いものである(2021年9月16日「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」)。
ウ 第二に、保険資格異動情報をシステムに反映するまでには一定のタイムラグは避けられないため、資格確認システムを用いても過誤請求がなくなるわけではない。むしろ、患者側からすれば、マイナ保険証によるオンライン資格確認システムに不具合が発生するなどして、10割請求がなされるなどのトラブルに巻き込まれる事例が発生している。
エ 第3に、薬剤情報を閲覧することにより重複投薬や避けるべき投薬の回避ができるという効果は限定的である。すなわち、資格確認システムを通じてもたらされる投薬情報は、レセプト情報を基にしているところ、レセプトは、医療機関において、月末締切り、翌月10日ころまでに請求を行うから、レセプト情報が反映されるまでに、実際の投薬から少なくとも10日から40日程度のタイムラグが生じる。したがって、例えば1週間前に投薬されて服用している薬の情報は反映されないことになり、それと重複したり、避けるべき投薬の防止はできないのである。
この目的を達成するためには、結局、投薬と同時に記録もされる紙のお薬手帳の方が、より確実である。
オ なお、マイナ保険証を用いなくても、オンライン資格確認システムを利用すれば、薬剤情報の閲覧等はできるものである。
(2) システム化に対応できない医師の廃業等をもたらす
政府は、即時に投薬情報を反映させるために、「電子処方箋」の普及も図ろうとしてもいる。
しかし、オンライン資格確認システムの義務化(2023年4月)に対してさえ、その経済的な負担や、同システムがインターネット回線に接続することに対するカルテ情報等の漏洩の危険防止といったセキュリティ面の負担に耐え切れないことなどから、廃業を決めたり、検討したりしている医師が相当数存在することが、保団連の調査などで明らかとなっており、それゆえ、同年2月には「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」も起こされている。このような実情に鑑みるならば、「電子処方箋」システムを全医療機関・薬局に普及させることは、オンライン資格確認システムを全医療機関で実現することより数倍困難であると考えられる。
さらに、廃業せざるを得ないと考えている医師の中には、地域医療で重要な役割を担っている方も数多く存在するのであり、このような医師の廃業をもたらすような施策は、地域住民の医療へのアクセスを阻害するものでもある。
6 マイナ保険証はプライバシー保障との関係で問題がある
(1) 診療・薬剤情報、特定健診情報等との結合が当然の前提とされている
健康保険証機能をデジタル化するだけであれば、診療・薬剤情報、特定健診情報等とマイナ保険証とを結合させる必要はない。
ところが、現在、マイナ保険証とオンライン資格確認等システムの整備に伴い、自分の診療・投薬情報、特定健診情報等との結合が当然の前提とされており、これに同意しない手続が存在しない。しかし、医療機関では個別にこれらの情報を提供するかについて不同意が選択できるように、診療・薬剤情報、特定健診情報等との結合自体も拒む機会を与えるのが、センシティブ情報である医療情報の保護として相当である。
診療・薬剤情報、特定健診情報等との包括的連携を拒む手続が保障されていない現在のマイナ保険証のシステムはプライバシー保障に欠ける。
(2) オンライン資格確認時に説明なしの同意を求めるシステム
2023年4月から義務化されたオンライン資格確認システムでは、患者は、受診時に、マイナ保険証を用いてオンライン資格確認をする際、同時に、特定健診情報や過去の投薬情報等を医療機関に提供することについて「同意」を求められる。しかし、これは、医師から、その情報を提供する必要性等について何も説明を受けないうちに「同意」を求められるということであり、また、投薬情報等について、過去3年分の全ての投薬情報の提供について、一括して「同意」を求められるということである。例えば、腕の怪我の治療に際して、その治療とは関係のない1年前に性病にかかって服用した薬についての情報まで、一括して提供するよう求められるのであり、患者は提供範囲の選択ができないシステムとなっている。
これらは患者の、自己の医療情報にかかる「コントロール権」をないがしろにするシステムであるといわなければならない。
(3) マイナンバーカードの多目的利用とプライバシー保障
マイナンバーカードの多目的利用自体に関しても、国は、利便性を重視して、マイナポータルで閲覧できる情報をどんどん増加させている。しかし、閲覧できる情報が多くなるということは、マイナンバーカードとパスワードが第三者の手に渡れば、なりすましによりマイナポータルにアクセスされ、世帯情報、勤務先、所得に関する情報から、いつ、どこの医療機関にかかって、どのような薬を処方されたか、特定健診の結果(身長、体重、腹囲、血圧、尿検査・血液検査結果等)、出産給付情報などに至るまで、極めて広範なプライバシーに関する情報を不正閲覧されてしまうなど様々な危険に直面させられる可能性が生じる。
7 現場に過度の負担を押し付けているマイナンバーカード
2023年6月の法律成立後も、マイナンバーと保険資格情報、介護情報、銀行口座情報などのひも付けが誤っており、マイナ保険証を利用したときに他人の情報が表示された、保険資格が表示されないため10割負担を求められた等の事案が次々と発覚している。そして、これらにより、マイナンバーおよびマイナンバーカードに対する国民からの信頼性が著しく揺らいでいる。
この事態に対し、政府は、ひも付けをする際に、自治体や保険組合等が、本人確認4情報すべてを確認せずにひも付けたことに原因があるとして、その責任を自治体等に押しつけた上、マイナポータルで確認できる29項目すべての総点検を指示した。
しかし、このような方針は、健康保険組合や地方自治体などの現場に負担を押し付けるだけのものである。
そもそも、この混乱の原因は、政府があまりにも短期間のうちにマイナンバーカードの普及を急がせすぎたゆえに、人手の足りない現場で、慎重な確認手続等を果たせなかったところに大きな要因が存したことは明らかである。今回の総点検についても、2023年7月25日、全国知事会が、地方自治体の過度な負担は避けるよう松本剛明総務相に要望を出してもいる。
8 結語
以上のことから、政府に対し、マイナ保険証への原則一本化方針を撤回し、現行の健康保険証の発行を存続させることを求める。
また、マイナンバーカードの利活用については、カードを取得しない自由を保障するとともに、カードの取得を希望する者に対してプライバシーを最大限保障すること、及び、住民と直に接する自治体などの現場の状況を踏まえ、その意向を十分に反映した上で、現場に過度の負担をかけない形で慎重に進めてゆくよう求める。
以 上