【要望】
2025年6月10日
全国保険医団体連合会
医科政策部長 橋本 政宏
歯科政策部長 池 潤
社会保障の自然増・伸びを抑制する方針は廃止すべき
~「骨太の方針2025」原案について~
政府は6月6日、2025年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案(以下、原案)を公表した。本会は、依然、医療・社会保障抑制に固執する「骨太の方針2025」原案に対して抗議し、以下の修正を求めるものである。
1.社会保障関係費の抑制を続ける方針はやめるべき
医療界の困難の元凶となっている社会保障関係費を高齢化に相当する伸びに収める方針に関して、原案では本文の注釈において、自然増について「高齢化や高度化等による増加分」だけでなく、「経済・物価動向等を踏まえた対応による増加分」も加味するとしているが、「これまでの歳出改革努力を継続する」との文言は残されている。本文においても、「2027年度までの間、骨太方針2024で示された歳出改革努力を継続」すると前置きしており、自然増を高齢化に相当する伸びに収める方針の継続を示唆する記載が見られる。社会保障関係費の自然増や伸びを抑制する記載・方針は削除・廃止すべきである。
2.医療機関への支援の即時実施、基本診療料の大幅引き上げを
診療報酬(公定価格)については、賃上げ、経営安定、人材確保に向けて、「コストカット型からの転換を明確に図る」としている。具体的には、2026年度診療報酬改定を始めとした対応策について、これまでの改定による処遇改善・経営状況等の実態を把握・検証し、年末までに結論を得て、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながるよう、「的確な対応」を行うとしている。
医療法人の経常利益の最頻値は「0.0~1.0%」(2022~23年度)にすぎず、全産業の賃上げ率4.1%(2024 年度)に医療・福祉は2.5%で遠く及ばない(※中医協資料、2025年4月23日)。2024年の医療機関(病院、診療所)の倒産は64件、休廃業・解散は722件となり、それぞれ過去最多を更新している(※帝国データバンク、2025年1月22日)。経済成長の伸び(名目GDP上昇分、歳入の増加分)に比べても、医療費の伸びは少ない。
“皆保険あって医療機関なし”の状況が現実味を帯び始めている。年末までに検証・結論など悠長な構えではなく、期中改定や補助金を駆使した医療機関への即時の支援を明記すべきである。また、全ての医療機関において賃上げがしやすく、経営安定に最も寄与する基本診療料を中心に診療報酬の抜本的な引き上げを行う方針を示すべきである。
3.市販薬化の推進、薬の保険外しはやめるべき
原案では、医薬品・検査薬の「更なるスイッチOTC化」(市販薬化)などセルフメディケーションを推進しつつ、「薬剤自己負担の見直し」を検討するとしている。さらに、自民党、公明党、日本維新の会の三党協議に従って、保険給付見直しについて早期に実現できるものは26年度から実行する方針とも報道されている。
市販薬使用をめぐっては、多くの医療機関が市販薬服用で副作用が出たり、重症化して来院した患者を経験している。市販薬を拡大すれば、患者が自己判断で市販薬を使用して受診控えによる症状の悪化や過剰摂取のリスク、未成年を中心に広がるオーバードーズ(薬物使用の乱用)の拡大などが強く危惧される。検査薬(穿刺血など)の使用にしても、精度管理などの医療安全確保や受検者による検査結果の自己判断などが危惧される。
市販薬は処方薬に比べて価格が各段に高く、市販化した医薬品が保険給付の除外・制限となれば患者負担は大幅に増える。自治体独自の子ども医療費助成制度、難病など公費負担医療の助成対象外ともなる。少子化対策に逆行するとともに、難病患者などは命に直接関わる事態ともなりかねない。市販薬化の推進、薬の保険外しの記載は削除すべきである。
4.高額療養費制度の改悪は撤回し、改善を明記すべき
原案では、医療保険制度について「給付と負担の見直し等の総合的な検討」を進めるとしている。異例の政府予算案の修正となった高額療養費制度について、長期療養患者などの意見を丁寧に聴いた上で、秋までに方針を決定するとしている。
政府案による患者への甚大な影響は明らかであり、政府案は白紙撤回すべきである。相次ぐ負担上限額の引き上げによって、悪性腫瘍、慢性疾患の患者、バイオ新薬はじめ高額薬剤を使用する患者などは重い負担を強いられている。上限額計算に係る複数レセプト合算上の制限、月を跨ぐ入院の取扱い、複数医療機関を受診した際の現物給付の不徹底など運用上の課題も多い。高額療養費制度については秋までと時間を区切らず、患者の意見、定期的な検証を踏まえながら、負担軽減、運用改善を目指すことを明記すべきである。患者負担の軽減に向けて、高薬価の是正も必要である。
5.所得水準に応じた医療格差を懸念 保険外併用療養費の拡大
同様に、原案では、「保険外併用療養費制度の対象範囲の拡大や保険外診療部分を広くカバーし、公的保険を補完する民間保険の開発を促す」としている。再生医療やがん遺伝子パネル検査など最先端医療が想定されているが、有効性・安全性が担保されない“混合診療”の大幅な拡大や公的保険診療の範囲の抑制が危惧される。所得水準に応じて受けられる医療に大幅な格差も生まれかねない。安易な拡大は中止すべきである。
6.病床削減、数値目標の明記はやめるべき
原案では、病床数に関わって、「医療需要の変化を踏まえた病床数の適正化を進め」るとしている。さらに、三党の合意に従って、約1兆円の医療費削減に向けて、病床約11万床(一般・療養病床:5.6万床、精神病床:5.3万床)について、地域の実情を踏まえた調査をした上、新たな地域医療構想が始まる2027年度までに削減する方針が追記されるとも報道されている。
すでに地域医療構想によって全国で125万床から119万床に約6万床が削減されている。低い入院診療報酬も相まって、患者は一層早期の退院を強いられる一方、在宅医療・介護サービスは不十分であり、患者・家族は困難を強いられている。さらに11万床の削減となれば、介護離職はじめ患者・家族の困難が一気に進むことになる。また、統廃合を促す424の公立病院リストの公表によって、全国の自治体、医療現場で大きな混乱が起こったことは記憶に新しい。「11万床削減」と明記されれば同様な事態となりかねない。病床数削減ありきの「適正化」や削減数目標の明記などはやめるべきである。
7.電子カルテの強要は医療崩壊を招く
原案では、「医療DX」に関わって、▽12月以降は「マイナ保険証を基本とする仕組み」に移行する、▽全国医療情報プラットフォームを構築し、電子カルテ情報共有サービスの普及や電子処方箋の利用拡大、PHR情報の利活用を進める、▽標準型電子カルテの本格運用の具体的内容を2025年度中に示すことも含め必要な支援策の具体化を検討し、その普及を促進する―としている。さらに、三党の合意を踏まえて、▽電子カルテ普及約100%に向けて、「5年以内の実質的な実現」を見据える、▽支払基金に対する医療情報の電磁的提供を実現する―など「医療DX」を加速する趣旨が追記されるとも報道されている。
そもそも、マイナンバーカード取得は任意である以上、マイナ保険証の利用の押し付けは問題である。オンライン資格確認においてマイナ保険証の利用件数は3割未満にすぎない。患者の受療権の保障、医療現場の混乱の回避に向けて、年末以降「マイナ保険証を基本とする仕組み」に移行する方針は中止するのが現実的であり、賢明である。
また、紙カルテの診療所に電子カルテの実装を求めることは、地域に長年貢献し、地域を熟知したベテラン/高齢の医師・歯科医師が地域医療から退出していくことにつながりかねない。実質義務化ともなりかねない「5年以内の実質的な実現を目指す」との方針は明記すべきではない。
8.国民・生業を守る具体的施策を明記すべき
原案では、「賃上げこそが成長戦略の要」と強調するが、中小企業の生産性向上や競争力強化への支援が色濃く、中小企業が求める社会保険料への直接支援には言及していない。最低必要な生活費は全国でほぼ変わらないが、最低賃金について、全国平均で1,500円を目指す方針に留まっており、全国一律で目指す目標は示されていない。さらに、手取り増加の効果が大きい消費税減税についても背を向けている。他方、「防衛力の抜本的強化を推進する」として、防衛費倍増などは当然視している。
防衛力の拡大ではなく、国民・生業本位の政治に向けて、中小業者が負担する社会保険料への直接支援、最低賃金の全国一律目標の設定と早期実現、消費税5%への減税(インボイス廃止含め)などを明記すべきである。
以上