マイナ保険証で医療費10割 厚労省解消スキームを検証する

マイナ保険証「無効・資格情報なし」厚労省対応スキームを検証する

全国保険医団体連合会

厚労省は6月29日「マイナカードでオンライン資格確認ができない場合の対応」を示した。現時点で報告されている情報を元に課題を検証した。

Ⅰ.2大トラブルへの対応

厚労省スキームでは、マイナ保険証を巡る2大トラブルについて対応がフローチャートで示されている。

トラブル①
マイナ保険証でオンライン資格確認システムを利用できた場合でも、「無効・資格情報なし」と表示され資格確認の有効性が確認できない

トラブル率(保団連調査 N=5493)
「無効・該当資格なし」と表示された:3640件(66.3%)

トラブル②
顔認証付きカードリーダーやカードの故障・不具合でそもそもオンライン資格確認システムを利用できない

トラブル率(保団連調査 N=5493)
マイナ保険証の不具合で読み取りできなかった:1101件(20.0%)
カードリーダー等の不具合でマイナ保険証を読み取りできなかった:2660件(48.4%)

2.厚労省対応スキームと課題

厚労省の対応スキームと保団連が考える課題について箇条書きした。
 は対応スキーム ⇒は保団連の指摘

 有効な保険証が発行されていることを前提に
⇒無保険の場合でマイカのみ持参の場合はどうするのか。「災害等の取り扱い」「保険者間の調整ルール」が適用されるのか?

 マイナカードの券面4情報(氏名、性別、生年月日、住所)を確認する
⇒運転免許証でもマイカ4情報を取得できるためこのスキームの対象になりうる

 患者の自己負担分(3割等)を受領する
⇒年齢だけでは窓口負担割合の特定は困難。6歳未満は2割徴収するのか?

 現在の資格情報が確認できた場合は、当該資格情報に基づき請求する。
⇒健康保険証持参ですぐに資格確認できる。マイナポータル提示による資格確認は高齢患者での対応は困難、介助が必要となる。資格確認申立書の記載は医療機関・患者双方に手間。患者の記憶で記載するので曖昧な記載内容となる。

 過去の資格情報で確認できた場合は当該資格に基づき請求する
⇒当該医療機関で受診歴がない初診患者は過去情報の確認も困難

 特定できない場合は、被保険者番号「不詳」で支払基金に請求することも可能
⇒診療報酬の支払まで一定の時間がかかる。支払基金の事務対応が追い付かないと長期間支払われない。医療機関の資金繰りや経営に影響する。

Ⅱ.個別課題の解説

1.年齢のみでは窓口負担割合が確認できない

「有効な保険証が発行されていることを前提に医療機関等において本人情報を確認し患者自己負担分を受領する」としている。しかし、70歳以上は所得に応じて一部負担金の割合が異なる。生年月日(年齢のみ)で窓口負担割合が確定できないので過不足が発生する。所得を含めた確認の手間と金銭のやり取りが増加する。ご本人の記憶による被保険者申立書の記載することは甚だ困難である。
例えば75歳以上で1割徴収したが、後日、所得状況を確認すると2割負担だった場合、不足が発生する。70歳以上75歳未満で2割徴収したが、現役並み所得だった場合、3割となる。健康保険証を見れば窓口負担割合が記載されているので一目である。
6歳未満の児童、乳幼児の場合は多くの市町村で子供医療費助成制度があるが、2割を徴収するのか。これまでは最低月1回以上の健康保険証の提示で済んでいたが、6月29日の医療保険部会で、医療機関から患者に「被保険者資格申立書」を取り付けさせることが提案された。患者と医療機関双方に新たな手間・負担となる。

 

2.1億2千万人から被保険者番号を検索・特定できるか?

通常取り扱いとしてオンライン資格確認システム端末で11桁の被保険者番号を入力すれば当該被保険者情報が返される。しかし、今般のトラブル事例のように被保険者番号が分らない場合、途端に困難に直面する。
厚労省スキームでは、顔認証付きカードリーダー、マイナカードの不具合、故障などの場合、医療機関でマイナンバーカード券面記載の4情報(氏名・性別・生年月日・住所)を元にオンライン資格確認システム(システム障害モード)にて検索し、被保険者番号を確認することを求めている。システム上では、1億2千万人の被保険者情報の中から、4情報で検索をかけて当該の被保険者番号を探し当てることが求められる。
マイナンバーカードの認証、読み取り困難等のエラー発生のたびに同モードによる検索が必要となり、医療機関側の相当な実務負担となる。そもそもシステム上で検索が可能なのか疑問である。別人を検索して誤請求してしまうリスクも負うことになる。

 

3.マイナンバーカード券面情報と検索データベースとの不一致

(1)マイナンバーカードの4情報とはどのような情報か?

マイナンバーカードの券面情報と検索システムのデータベースはどこが違うのか整理する。
 マイナカードの券面印字は市町村の基幹システムから出力したもの
 住民票記載の漢字氏名は外字も多く含まれる。また、住所表記は自治体毎に定められており地番表記などで揺らぎがある。
 一方、システム障害モードで検索・照会できるデータベースは、オンライン資格確認システムのデータサーバーである。
 オンライン資格確認のデータベースは、医療保険者が被保険者情報を登録する医療機関等向け中間サーバーと連動している。
 各保険組合の被保険者情報(漢字氏名・住所)の文字コード等はそれぞれ異なる。
 各保険組合では、必ずしも住民票住所と一致しない。
 医療機関向け中間サーバーへの被保険者の住所登録は必須とされていない。

 

(2)住所不一致問題、住所登録は必須ではない

 

市町村国保は市町村の基幹システムのデータを元に被保険者情報をサーバー(医療機関向け中間サーバー)に登録している。従って市町村国保の被保険者は、マイナカード券面記載の情報と一致する。
一方、被用者保険は事業主が申請した資格取得証明書を元にデータベースを組んでおり、その記録を元にサーバーに登録している。そのため、住民票住所と異なることはよくある。さらに、医療機関向け中間サーバーの登録マニュアルでは各保険組合に住所登録が「必須」としていない。検索するデータサーバーに住所が存在しない被保険者も存在する。

 

(3)漢字氏名の不一致

マイナカード券面に記載された漢字氏名は住民票の表記であり、「髙橋」、「斎藤」「𠮷田」などいわゆる外字が含まれている。
一方、各保険組合が医療機関等向け中間サーバーに被保険者の漢字氏名を登録する際に、「斎藤」「斉藤」など49種類がある漢字氏名の場合、代替文字に置き換えて登録している。代替文字の設定は、各保険組合によりバラバラである。そのため、漢字氏名での「検索」はほとんど一致しないことが考えられ機能しない。

(4)カナ氏名、性別・生年月日での検索

漢字氏名、住所での検索が機能しないため、カナ氏名・性別・生年月日の3情報で検索することが考えられる。
カナ氏名などで検索した場合、同姓同名の候補者が多く検索されてしまい、取違など別の問題が発生する。
システム障害時モードのマニュアルでは、検索してデータの候補が5つ以上ある場合は情報が返されない仕組みとなっている。3情報(カナ氏名・性別・生年月日)では5件以下に候補を絞り込めない可能性が高くなり、結果として検索システムが機能しなくなる。
検索できたとしても、カナ氏名・性別・生年月日では、打ち込みミス、取違などヒューマンエラー発生は防げない。そのために別人で請求してしまうリスクがある。(別人の保険請求が発生するリスクが排除できない)

【オンライン資格確認システム障害モード・マニュアル】

※医療保険の情報が他人の情報に紐づけられていた「誤登録問題」の発生要因と同じ作業を強いられる。マイナンバー誤紐づけ問題は、各保険組合が被保険者のマイナンバーを紐づける際にマイナンバーの記載がないため、J-LIS(地方公共団体情報システム機構)に4情報で照会を掛ける作業工程でミスが生じた。

 

4.「不詳」請求書の急増で長期間支払が遅延

(1)振替調整は機能するか

厚労省スキームでは、現行の「振替調整」を活用するとしている。振替調整とは、保険医療機関が現在の保険資格が有効でないレセプト請求(保険請求)を提出した場合に、審査支払機関(保険者間)で有効な保険者を探して、有効な保険組合にレセプト請求を振り替えてもらう仕組みである。振替調整で対応するためには、少なくとも被保険者本人の被保険者情報(過去分も含む)で請求してもらう必要がある。初診で受診歴がない患者はそもそも資格情報を特定するところから始めないといけないためいつ支払われるか不透明である。

(2)被保険者情報「不詳」による影響

医療機関においてマイナンバーカードの券面4情報のみで資格確認が困難な場合、被保険者情報「不詳」で支払基金に保険請求することが可能とされた。支払基金において中間サーバー上でマイナカード4情報で検索し、当該被保険者情報を確定させることが必要である。
当該の検索作業はシステム構築での対応は困難であり、作業量が膨大になると人力、目検での対応にならざるを得ない。実務的に対応できないと医療機関への保険請求の支払いが大幅に遅延することが想定される。また、ヒューマンエラーによる誤請求も否定できない。
保団連調査(最終集計)では、マイナ保険証「無効・資格情報なし」と表示されたトラブルは、全体の6割に及んだ。健康保険証が廃止された場合、「無効・資格情報なし」が72万件まで拡大する(保団連推計)。
医療機関でマイカ4情報に基づき被保険者番号を特定することは困難であるが、支払基金においても同様である。

 

5.無保険でも受診できる仕組み

マイナカードは住民票を有していれば誰でも無料で作成できる。仮に無保険の方でもマイナカードを作成すれば保険診療が受けられる。患者から3割分の一部負担金を徴収できたとしても、医療機関において7割分は未収金となり、重大な経営リスクを抱えることとなる。
被保険者の資格が特定できなかった場合は保険者間の調整で負担する仕組みで対応するスキームが提案されているが、無保険者の対応は考慮されていない。
無保険者の場合でも「災害等の取り扱い」「保険者間の調整ルール」が適用されるとすると公的医療保険財源からの無保険者への拠出となる。規模が大きくなると保険財源への影響も懸念される。
保険請求後に無保険者であることが判明段階した段階で厚労省スキームの対象外となるのであれば、その段階で7割分の未収金問題が発生する。
そもそも健康保険証による資格確認で保険加入の有無は容易に判定できるものをわざわざマイナ保険証を利用させトラブルが生じている。その瑕疵を医療機関、保険者、保険財源全体でカバーするという発想がおかしい。

6.追加的な実務負担・経済的負担は必至

6月20日の記者会見で加藤厚労大臣は、「追加的経済的負担」はないと述べたが、有効な保険資格確認を確定するために保険医療機関において「追加的実務負担」は伴う。
厚労省スキームでは限られた情報で保険の資格確認を行う必要があり、患者・医療機関双方の実務負担となる。対応に当たる医療機関職員の人件費等が負担増はすべて持ち出しとなる。「追加的経済的負担はない」との発言は医療現場の実情を顧みない対応と言わざるを得ない。
現行の健康保険証を患者さんに持参いただき、医療機関窓口で目視確認すれば即座に解決する。保険請求上も実務負担も未収金も生じない。
厚労省は、医療機関に新たな実務負担・経済的負担を生じさせる新たなスキームでの対応ではなく、マイナ保険証の運用を直ちに停止するとともに、「健康保険証を持参ください」と患者・国民に広報することを強く求める。

【参考資料】中間サーバーシステム操作マニュアル

以上

「108万人がトラブルを経験」、「無効・該当なしは72万人」
保険証廃止でどうなる? マイナ保険証によるトラブル推計

全国保険医団体連合会

保団連は、5月23日から6月19日にマイナ保険証のトラブル調査を実施し、41都道府県10026医療機関から回答があった。
調査結果(最終集計:6月19日)では、運用を開始した医療機関(8437件)のうち、65.1%(5493医療機関)でトラブルが発生した。一方で、「健康保険証を確認してトラブルへ対処」が74.9%(4117件)となった。政府・与党は2024年秋に現行の健康保険証を廃止する法案を成立させ、多くの国民がマイナ保険証のトラブルに危惧や不安を募らせており、健康保険証の存続を求めているが、政府・与党は頑なに「廃止方針」を変更していない。
トラブル調査結果(最終集計)を元に、健康保険証が廃止されたら各トラブル件数はどれくらい増加するかシミュレーションした。

1.トラブル調査(最終集計)

地域:41都道府県(44保険医協会・保険医会※東京、京都、福岡が医科・歯科協会)
回答数:10,026医療機関
システムを運用している医療機関:8437件(84.2%)
トラブルを経験:5493医療機関(65.1%)
【トラブルの種類(複数回答)】(N=5493)
「無効・該当資格なし」と表示された:3640件(66.3%)
マイナ保険証の不具合で読み取りできなかった:1101件(20.0%)
カードリーダー等の不具合でマイナ保険証を読み取りできなかった:2660件(48.4%)
患者から苦情を言われた:679件(12.4%)
マイナ保険証「無保険扱い」で10割請求 1291件(23.5%)

2.全医療関数ベースでのトラブル数の推計

厚労省の医療施設動態調査(令和5年3月末概数)では、医療機関施設は180,783件である。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/m23/dl/is2303_01.pdf
最終集計では10,026医療機関から回答が寄せられた。

全医療機関施設数(180,783)/回答医療機関数(10,026)=約18倍

全医療機関が調査に回答した場合、トラブルの有無や各トラブルの類型とも18.03倍(18倍)増加することが推定される。

(解説)
この間のトラブル調査で回答数が増加しているが、トラブル有やトラブル類型の比率はほとんど変化していない。各保険医協会単位の調査結果も同様の傾向にある。大規模な調査結果が得られ大数の法則も成立している回答数である。従って、全医療機関数での推計値は、単純に18倍とした。

3.マイナ保険証利用率の推計

(1)診療実日数よりマイナ保険証の利用率を推計
①マイナ保険証利用数(2023年5月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08280.html
病院 1,196,089
医科診療所 4,243,099
歯科診療所 1,246,587
合計 6,685,775件(A)
※23年3月対比で23年4月はマイナ保険証利用率が数倍に増加した。しかし、23年4月から23年5月のマイナ保険証利用件数は横ばい傾向にある。

②マイナ保険証利用率/診療実日数(医科・歯科)
2022年6月のB.入院外診療実日数(118,587,004)、C.歯科の診療実日数(30,344,967)の合計値148,931,971日(B)です。受診率の割合を示す。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/sinryo/tyosa22/dl/toukei.pdf

外来におけるマイナ保険証利用率
=マイナ保険証利用数(A)/診療実日数(B)=4.5%

(2)マイナ保険証所持率
①2023年6月18日現在のマイナ保険証利用登録件数 6408万8852人
※厚労省「マイナンバーカードの健康保険証利用についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08277.html
②2023年1月 人口推計(確定値) 1億2452万人
※総務省統計局 https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.htm

所持率は約50%
①/②=マイナ保険証所持率=51.46%

(3)健康保険証廃止後のマイナ保険証外来利用率
上記3(1)、(2)を元に健康保険証廃止後(資格確認書)の外来利用数(倍数)を推計した。

4.5/100=22.2倍
所持率(約50%)を反映 → 11.1倍

約11倍

4.健康保険証廃止後のトラブル件数

健康保険証を完全に廃止し、原則としてマイナ保険証利用、例外として資格確認書利用とした場合のトラブル件数を推計した。全医療機関ベースでのトラブル件数は、上記2の推計による調査結果(最終集計)の18倍となる。また、マイナ保険証外来利用の推計は、上記3(1)、(2)、(3)の推計により調査結果(最終集計)の11倍となる。2つの要因を勘案した結果、トラブル件数は調査結果(最終集計)の198倍となる。

<類型別トラブル件数>

トラブルを経験:5493医療機関×198倍=1,087,614件
「無効・該当資格なし」と表示された:3640件×198倍=720,720件
マイナ保険証の不具合で読み取りできなかった:1101件×198倍=217,998件
カードリーダー等の不具合でマイナ保険証を読み取りできなかった:
2660件×198倍=526,680件
患者から苦情を言われた:679件×198倍=134,442件
マイナ保険証「無保険扱い」で10割請求 1291件×198倍=255,618件

以上