マイナカードで「不正請求が減らせる」「なりすまし防止」は本当か

マイナカードで「不正請求が減らせる」「なりすまし防止」は本当か

「不正請求600万件」の書き込み

「不正請求が600万件でそれはあなたが知らないだけで、年間600万件もあるらしいですよ。保険情報の誤りや不正使用」(ネーム:TBDD(モデルナ3回接種済、6月21日)とのツイッター上の書き込みが反響を呼んでいる。書き込みでは、「保険情報の誤りや不正使用は、全国で年間600万件にも上っており、その処理のための経費は1,000億円を越えると推定されている」と厚生労働省の調査研究を引用している。以降、マイナンバーカードによる本人確認を行い、健康保険証の不正利用をなくすべきなどのツイートが目立つ。
河野太郎デジタル大臣はじめ政府関係者も、「(紙の)保険証には写真がないから、なりすましや使い回しが起きていて、分かっているだけでもそれなりの被害になっている」などと強調し、マイナ保険証を推進している。

多くは事務的な記載誤り

書き込みで引用された研究は、厚生労働科学研究成果データベースの「保険証認証のためのデータ交換基準に関する研究」(2003年度)であり、20年以上前の委託研究論文である。ツイッターの引用元にしても研究報告書の「概要版」の記述である。正確には、本体報告書の本文では、「推定されている」の文章に続いて、「多くは単純な保険証の番号の間違いであるが、中には資格停止後の保険証の利用も少なくない」と追記している。なりすましなどの不正使用に基づく請求と言うよりも、医療機関側での転記ミスなど事務的に誤った請求というべきところである。また、保険証番号の記載間違いなどが「1,000億円を超える」と推定する根拠も示されていない。

資格記載誤り請求は診療所で月2件

資格停止後の受診に関っては、医療機関らのレセプト請求(※)を受け付ける審査支払機関(支払基金・国保連合会)において、氏名の誤りや資格喪失後受診など資格過誤を原因として医療機関に差し戻したもの(再審査請求分)は年約536万件と報告している(2014年度)。一見すると膨大な数に見えるが、1年間に受け付けるレセプト件数は約20億件であり、差し戻しは全体の0.27%にすぎず、ほとんどのレセプトは正確な資格情報に基づき請求されている。同様に、全国での医療機関数(2014年度)は23.6万施設(病院・診療所17.8万、薬局5.8万)であり、1施設当たり(年間)で平均22.7件、1月間で2枚未満である。売上規模に応じて異なるものの、医科診療所ではせいぜい月に1~2枚(1~2人)あるかどうかである。転退職で知らずに古い保険証で受診(公的保険の加入自体は継続している)や転職先で登録手続が遅れる場合など考えれば、現実的に起きる頻度といえる。
(※診療報酬を国に請求する書類。月単位で提出し、患者1人につき1枚で記載。)

なりすまし受診は把握していない

そもそも、他人になりすまして健康保険証を使う「不正利用」について、厚労省は頻度・状況などについて公式上の報告は示していない。マイナ法改定案の審議では、議員からの不正利用の発生件数の質問に対して、厚労省の日原知己大臣官房審議官は「全ての保険者について把握しているわけではない」(※)と断っており、なりすましなどは根拠不明の理由と言わざるを得ない。また、日原審議官は「市町村国民健康保険では、2017年から2022年までの5年間で50件のなりすまし受診や健康保険証券面の偽造などの不正利用が確認されている」と答弁している、国保加入者約2,500万人(国保組合除く)に対して、1年に10件となる。これまでも、医療機関では、現場の判断で必要に応じて患者に免許証など写真付き身分証提示を求めるなど健全運営に留意している。個人情報漏洩リスクが高くなるマイナンバーカードを使ってまで本人確認(顔認証システム)を行うことは費用対効果上から疑問が大きい。しかも、医療現場では、顔認証エラーやカードリーダー起動の支障・不具合も少なくない現状がある。(※猪瀬直樹議員質問、参議院・地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会、5月19日)