連載 選択的夫婦別姓③ 何が困るのか

第3回 何が困るのか

福沢恵子(「別姓訴訟を支える会」代表)

この連載の初回で「日本の結婚は『出口』である離婚時には婚姻時の姓か旧姓かの選択が可能だが、『入口』である結婚では夫婦同姓を強制され、法律婚(=婚姻届けを提出すること)をした場合は夫婦のいずれかが生来の名前を失う」ということを述べた。このため、別姓での結婚を望むカップルは法律婚を諦めて「事実婚」を選択するか、婚姻届けを提出して夫婦のいずれかが改姓し、改姓した者はこれまで名乗ってきた名前を「通称」として使用するという選択を余儀なくされている。

しかし、事実婚・通称使用いずれもが日常生活ではさまざまな不便、不具合に遭遇することになる。

事実婚では配偶者控除など税法上の利益を受けることができない。また、住宅購入の際にペアローンが組めなかったり、生命保険の受け取り人になれないこともある(これは金融機関や保険会社によって対応が異なる)。さらには、法律婚をしていないことで医療的な同意ができないなどの社会的な偏見に遭う可能性も少なくない。

一方、通称使用の場合、戸籍名と通称の使い分けが非常に煩雑である。現在では運転免許証や住民票などに旧姓併記も可能となったが、これはあくまでも「併記」されるだけであり、実際に個人の「本人確認」として使われるのは改姓後の戸籍名である。このため、職業的・社会的に認識されている氏名と法的に存在する氏名が異なることになり、混乱を招くことも多い。

また、職場で通称使用が認められるかどうかは職業や企業によって対応が異なる。弁護士や税理士、医師などは現場での通称使用が可能になったが、それでも法的な効力を持つ書類への署名の際は戸籍名が原則だ。教員の場合は学校毎に対応が異なるが、A校では通称使用が可能でも次の勤務先のB校では戸籍名使用を強要される可能性もある。これは一般企業においても同様で、通称使用者は転職するたびに「ここでは通称が使えるのか?」と薄氷を踏む思いをさせられているのだ。

本人が望まない改姓や通称使用は、個人のキャリアの断絶ばかりでなく、アイデンティティの問題や2つの名前の使い分けから生じるトラブルで周囲との軋轢も生む。外部から職場にかかってきた電話が戸籍名での呼び出しだったために、電話を取った人が「そういう人は在籍していない」という対応をしたり、パスポートに記載された名前(旧姓併記もできるが、旧姓はチップに記録されていないので「まぼろしの名前」である)と航空券の名前が一致しないために搭乗手続きの際にトラブルに遭遇した例もある。だからといって、改姓しなくてすむ事実婚を選択すれば、外国に行く場合に配偶者ビザの取得ができず、また法定相続人にもなれない(遺言で配偶者に遺贈することは可能だが、相続税は法定相続の2割増しとなる)。つまり、事実婚、通称使用のどちらを選んでも多大な不利益や不便に直面することになるのである。

選択的夫婦別姓についての社会的認知度がまだそれほど高くなかった1980年代は、研究者や専門職など氏名の変更がキャリアの障害になるような人々を中心に結婚改姓の強制の不合理が指摘されていた。それから40年余りを経て、現在では幅広い年代や立場の人々が選択的夫婦別姓の実現を切望するようになってきている。

次回からは、当事者の立場から選択的夫婦別姓の実現が求められている現状をお伝えしていきたいと思う。

(全国保険医新聞2024年2月5日号掲載)

(ふくざわ・けいこ)

「別姓訴訟を支える会」代表。夫が改姓した法律婚1年を経て事実婚に移行。今年で38年目。そろそろ医療的同意や相続などが現実問題となりつつあり、事実婚の課題や限界を感じている。早稲田大学政治経済学部卒業。朝日新聞記者を経て1990年独立。