第94回 臨床医から行政医師としてコロナに対応

勤務医コラム 第94回 臨床医から行政医師としてコロナに対応

 私は消化器内科を専門として国立大学に勤務した後、2020年10月に政令市の行政医師の職に就いた。職務は医療政策に関する方針策定、健康危機管理、保健衛生業務の統括であるが、新型コロナウイルス感染症パンデミックに当地で対応する医師を補う人事とも感じた。異動前日まで診療して、当日朝に帰宅後初出勤する状況で、準備不足の就任であった。
感染状況に応じた独自のリスクレベルの決定、住民に行動変容を求める場合の内容と示し方の検討、議会、報道機関への対応、県庁や医療機関、医師会、福祉施設との連携等々、全く異なる業務の中に身を置くこととなった。
その年末には透析施設併設高齢者施設でのクラスター発生の重大さを初日に認識し、内科医として患者を医療へつなぐ業務の一方で、専門家の協力を県、国へ要請した。結果的に、充実した体制での対応が可能となった。
翌年初めには外来診療医療機関の不足に対して、自治体病院でコロナ外来を開始し多数を診療した。今年5月に感染症法上の位置づけが変更され、行政の関与は大きく変化したが、今後の流行期に医療全般への影響が限定的であることを切に願う。
医師の業務を考えると、臨床的には現前の患者を対象とするのに対して、行政的には全住民を対象とする点に大きな相違がある。施した医療、施策によって得られる結果は、臨床では即時的かつ明確なことが多い一方、行政では漸次的で不明確なことが少なくない。
コロナ禍において、日本の行政医師不足が明確になったと思う。「行政医師」は一般に「公衆衛生医師」と同義だろう。厚生労働省のホームページには「大きな達成感ややりがいを感じることができる」と書かれているが、総じて臨床志向の強い、特に若手医師にとって異動の決断は容易ではなかろう。
臨床と研究に行政が加わった三者間の交流が活発となることに、行政医師不足の解決策があるのではと愚考しながら、現役医師として短くなった時間でいかなる社会貢献が最善か、自身の今後を思案している。

田中 基彦

行政医師。1988年熊本大学医学部卒業。NTT西日本九州病院(現くまもと森都総合病院)肝臓・消化器内科部長、熊本大学大学院生命科学研究部准教授などを経て、2020年から熊本市健康福祉局技監、熊本市民病院消化器内科併任。(一社)熊本県保険医協会勤務医部会員。