特集「私たちの判断を歪めるものは?」
人間の脳は常に合理的な判断ができるわけではない。ある条件下では錯覚が
生じやすくなったり、大事な情報を見落としやすくなるなど、それらが原因で
判断を狂わせることがある。多くの診断エラーには認知バイアスが関与していると言われており、患者が不適切な医療情報に惑わされることなどにも認知バイアスが影響していると考えられる。また、対人関係においても認知の歪ゆがみが誤解を生じさせ、対応を誤ると円滑な職場運営に支障を来すこともある。何が私たちの判断を誤らせるのか、誤った判断をどのように回避、修正すればいいのか。人間の心理や脳の働きなどから考える。
認知バイアスとは何か
私たちが判断を誤るとき、そこには認知の偏りや歪ゆがみ、すなわち「認知バイアス」が影響していることが少なくない。なぜ、このような偏りや歪みが生じるのか。本稿では、知覚・注意におけるバイアス、記憶におけるバイアス、言語コミュニケーションにおけるバイアスの3つの視点から、その特徴を紹介する。これらのバイアスは効率的に課題をこなすときなど、役に立っている側面もあるため、その是非を論じても意味がない。認知バイアスの存在を知り、それがどういう場面でネガティブに働くのかを学ぶことが重要だ。
鈴木 宏昭
脳のつじつま合わせと錯覚
「つじつま合わせ」が、われわれの脳内で頻繁に生じているにもかかわらず、われわれ自身はほとんどそれに気付かず、日常生活を送っています。複数の感覚への入力が矛盾する場合には、片方の感覚からの情報の解釈を歪ゆがめてでも、つじつまの合う解釈をしようとしています。ここでは、味覚と食のつじつま合わせ、ラバーハンド錯覚と幽体離脱体験、腹話術効果とマガーク効果などの現象を紹介し、次の行動につなげるために、つじつま合わせをして迅速に解を導き出している過程を明らかにします。
横澤 一彦
診断エラーを引き起こす認知バイアス
診断エラーが起こる主な要因は、複雑な診断プロセス、負のシステム要因、認知バイアスである。このうち最も多い原因は認知バイアスだ。認知的判断は、直観的に働くSystem 1と、分析的に働くSystem 2という2つの脳内システムが別々に作動して行われる。このうちSystem 1がバイアスに陥りやすい。バイアスによる診断エラー発生を予防するには、メタ認知、HALT法、感情コントロール、フィードバック・サンクション、診断タイムアウトなどがある。
徳田 安春
不確かな情報に翻弄される患者にどう対応するか
患者の不安を強め標準医療から遠ざける不確かな情報が氾濫しやすい構造が、インターネットにはある。特に新型コロナ流行以降は、誤解を招く大量の情報が氾濫する「インフォデミック」の状態となり、効果の不明確な薬への過度な期待や「ワクチン躊躇」といった弊害を招いている。惑わされる患者に対しては、正確な医療情報を提供するだけではなく、傾聴や共感の表明といった方法で良好な医師患者関係の構築を目指さなければならない。
酒井 健司
「印象」はどうつくられるのか──人材マネジメントにおける対人認知
他者に対する印象形成の際、ひとは自分が相手のカテゴリーに対して持つ「スキーマ」に基づいて他者情報を探索し、記憶し、解釈します。また他者が将来取る行動を予測します。社会心理学研究では実験を通して、こうしたこころの働きを実証的に明らかにしてきました。ひとが共通して持つこの働きが、採用面接をはじめとした人材マネジメントにどのような影響を与えるのか、またそうした「スキーマ」にわたしたちはどう向き合えばよいのか、「印象」の心理学から考えていきます。
田中 知恵
論考
進化する手指衛生
近年、オゾン水による手指衛生の有効性について国内外から報告がされている。筆者らは米国試験材料協会(American Society of Test Materials International)のテストメソッドに従い2種類の手洗い試験をこれまで実施し、4 ppmのオゾン水による手洗いが抗菌石鹸と流水による手洗いと遜色ない細菌除去作用を示すことを報告した。また、オゾン水の皮膚組織に対する刺激性についても細胞レベルで検討しており、それらの結果について紹介しながら、オゾン水を用いた手指衛生の可能性について述べたい。
仲村 究、柏﨑 潤、丹野大樹、油井 優、北畠光希
、
小針朱子、齋藤菜々子、原 靖果、金光敬二
診療研究
心不全治療の新たな展開(3)
日本では2020年に新たな心不全治療薬としてサクビトリルバルサルタン(ARNI)が登場し、心不全治療のパラダイムシフトが起きている。ARNIは内因性Na利尿ペプチドヘの分解を阻害する作用とRAS抑制作用を持つ薬剤であり、大規模研究から心血管死および心不全による入院の減少などが証明された。今回はARNIの心不全に対する作用機序、心不全ガイドラインでの位置付け、筆者が行った臨床研究、使用法などについて報告する。
瀬在 明
「ソニックサージェリー」を試してみませんか(3)
歯周外科手術のストレスを軽減し、手術時間を短縮するためにソニックサージェリーは非常に有用であると考える。その方法は非常に単純であるが、それ故に、書面では伝わりにくいコツがあるのも事実である。術者の用い方が少し違えば結果には大きな差が生じる。諦める方が出ないよう、今回はソニックサージェリーで良い結果を得るために重要と思われるポイントを分かりやすく解説する。
金﨑 伸幸
文化
「痛み」との闘い
現代の人々にとって最も身近な薬と言えば、日常的に経験することが多い症状を緩和する医薬品、具体的には痛み止めや熱冷ましではないだろうか。アスピリンの名を知らない人はいないはずだ。古代からの「痛みとの闘い」の歴史をひもといてみよう
笠原 浩