特集「死別と向き合うために」
数々の悲しみの中で、配偶者との死別の悲しみは人生最大のストレスをもたらすといわれている。愛する者を失った喪失感や自責の念に加え、時には周囲から心ない言葉を受けたり、遺産相続を巡るトラブルに巻き込まれることもある。それによって心身に不調を来すだけでなく、最悪の場合、自殺に至る例も見られるため、適切なケアが求められる。また、社会環境の急激な変化の中で、死に対する向き合い方も大きく変わりつつある。葬儀の簡略化によって近しい者たちが集まって故人をしのぶ機会が減少し、死の受容の希薄化を指摘する声も聞かれる。故人の思い出を失わないために「デジタル遺品」の適切な管理が欠かせなくなってきている。特集では、残された者が死別と向き合い、その死を受け入れるために何が必要かを考える。
著者
医療者として遺族をどう支えるか遺族外来の事例から
人生で経験するストレスのうちで、配偶者との死別は最も大きなストレスをもたらすといわれている。うつや食欲不振など、心身の不調につながることもあるが、患者本人も不調の原因に気付いていなかったり、医療機関で見過ごされたりすることもあり、必要な支援につながらないことも少なくない。また、励ますつもりでかけた言葉が、かえって本人の心を傷つけることもある。死別の悲しみにある人々に対して、どのように対応すればいいのか。本稿では、日本初の「遺族外来」の開設に関わった筆者が、事例を紹介しながら死別の悲しみを抱えた人々に対するケアのあり方を述べる。
大西 秀樹
親しい人の死ほど、突然にやってくる患者の死と両親の看取りを経験して
筆者は看護師として35年働き、内科病棟と緩和ケア病棟で多くの死にゆく患者さんと関わってきた。この経験および両親を看取った経験から、死別と向き合うために2点お伝えしたいことがある。ひとつは、死に至る経過はなかなか思ったようにならないということ。そしてもうひとつは、後悔のない選択はないということ。これが身に染みて分かっていたことで、両親の死を受け入れられたと感じている。
宮子 あずさ
葬送儀礼の簡略化は何をもたらすのか変動する社会状況と死の受容
新型コロナウイルス感染症の流行下で、葬儀の簡略化や参列者の制限などが話題になったが、簡略化は以前から進んでいた。そもそも、葬送儀礼にはどのような意味があったのか。なぜ、葬儀が簡略化していったのか。人が尊厳を持って死を迎え、残された者たちがその死を受容できるためにも、形骸化が進み機能不全に陥っている従来の葬送儀礼を再構築する必要がある。本稿では、過去の葬送儀礼を振り返りながら、新たな時代に求められる死の受容のあり方を考える。
山田 慎也
デジタル化する故人の記憶ネット上に残る「遺品」とどう向き合うか
われわれがチャットやメール、SNS、ブログなどのデジタルサービスを使ってコミュニケーションしたり思い出をシェアしたりするようになって20〜30年ほど過ぎたでしょうか。そうした痕跡が、やがて遺品として扱われることも珍しくなくなっています。デジタルで残る故人の記憶とどう向き合い、どう大切にしていけばいいのか。いくつかの事例から考えてみましょう。
古田 雄介
ヒトはなぜ死ぬのか?老いと死についての生物学的考察
地球上に生命が誕生して以来、生物にとって「変化」と「選択」は進化のプログラムを動かす原動力だった。壊れなければ、新しいものを作ることができない。私たちは死ぬようにデザインされているのだ。とはいえ、親しい人の死に直面すると悲しくなり、自分自身の死を考えると怖くなるため、すんなりと死を受け入れることは難しい。それは、ヒトが進化の過程で利己的な能力よりも、集団や全体を考える「共感力」を重視し獲得してきたからだ。本稿では、生物学の視点から老後の人生と死の意味について考える。
小林 武彦
論考
75歳以上窓口負担2割化経済的理由で受診できない
保団連は、75歳以上の窓口負担2割化による受診実態・影響などを明らかにするために「患者さんの声を聞かせてください!プロジェクト」のアンケートに取り組んでいる。窓口負担のほか、長引くコロナ禍、物価高騰、年金引き下げなどの影響で経済的理由による医療機関の受診控えの広がりや生活苦が明らかと
なった。アンケートの中間集計を報告する。
全国保険医団体連合会 医療運動推進本部
診療研究
糖尿病とその合併症に関する最近の話題 第2回 糖尿病性腎臓病の成因
日本の透析導入患者数は、2020年に約34万8000人に上り、このうち糖尿病性腎臓病が39.5%と最も多くなっている。透析導入は患者の生命予後やQOLを低下させるだけではなく、医療経済にも大きな影響を与えるため、糖尿病性腎臓病の末期腎不全への進展抑制が急務の課題となっている。また、心腎連関といわれるように、腎合併症と心血管合併症は密接な関係にあり、糖尿病性腎臓病の管理では末期腎不全への進展抑制とともに、心血管イベント発症をいかに防ぐかが重要となる。腎合併症の病態も多様化していることが明らかになっている。本稿では糖尿病性腎臓病の成因について概説する。
川浪 大治
口腔顔面痛──歯痛・顎関節症と誤認しやすい病気の鑑別法 第1回 三叉神経痛・舌咽神経痛
Orofacial Pain(口腔顔面痛学:OFP)は、口腔顔面部に「痛み」を生じさせる疾患の診断と治療、研究を行う歯科の新たな分野である。歯痛や顎関節症を模倣する疾患は数多くあるが、代表的な疾患として三叉神経痛と舌咽神経痛が挙げられる。三叉神経痛患者の多くは歯痛と誤認して最初に歯科を受診する。また
舌咽神経痛は大開口や摂食で痛みが誘発されるために顎関節症と誤認されることが多い。本稿では両疾患の特徴と治療法について解説する。
井川 雅子
文化
星と人類の歩み 天文学の30年─刷新される宇宙観 第1回 太陽系の広がりと成り立ち
30年ほどたつと世の中の見方が大きく変わることは少なくない。医療の常識もずいぶん変わってきていると思うが、自然科学の多くの分野で30年もすると教科書が書き換えられている例がある。宇宙の研究は概して気の長い話が多いが、それでもこの間、様々な発見が相次ぎ、私たちの地球が属する太陽系から、宇宙全体のつくりや成り立ちを解き明かす宇宙論まで、人類の宇宙についての理解は刷新されてきた。その様子をシリーズで紹介してみたい。あまり難しい話をするつもりはないので、シニアの方は昔聞いた話を思い出しながら知識を更新し、若い方は現在の宇宙像に至るまでの歩みをおおまかに知ってもらえれば、と思う。初回は、私たちに最も身近な太陽系の話である。
青木 和光