
第110回 (2025.10.25)
医学部大学院研究者絶滅危惧種の憂い
「何ですかそれ?しらなかった!」キラキラと目を輝かせる学生さんに後輩達。彼らに、放射線医学を教えることはとても楽しい。研究も嫌いではない。日常診療で疑問に思ったことを、研究課題にすれば、少しは臨床に役立つ論文を世に出せたなと嬉しくもなる。それが、私が大学病院に残るモチベーションである。
最近の大学での研究会・学会の環境は、私が研修医であったバブル期の環境とは本当に大きく変わったと痛感する。過去の詳細は割愛するが、昭和の研究者のような潤沢な研究費や支援はなくなり、現在では国内の学会や勉強会の開催資金さえ困窮している。参加のための交通費、ホテル代も一部手出しとなることもしばしばある。
1990年代、主要な放射線科学会雑誌における医学論文数は、米国、英国に次いで、3位を誇っていた日本であるが、20年に入りアメリカ3600、中国1800、ドイツに次いで4番目と後退。本数も520と減少傾向である。
大学病院での日常診療を終えたあと、アルバイトに向かっていく後輩を尻目に、一人大学に残り、次回の学会での講演スライドや授業スライドの作成を始める。この「教師」としての時間は、勤務時間にカウントされることなく、〇〇労働制だとか自己◯鑽のため、講演に参加して土日まるまる潰れたとしても、月曜からは通常業務である。講演の謝金などあるはずもなく、良くて記念品の名刺入れを貰えるのが関の山である。
「学会から、英語論文の査読依頼がきていたな」
査読も病院の勤務時間外の時間を、3〜5日分は潰してしまう完全なボランテイア作業である。
かといって、この査読作業に対し、賃金が出るように要望すれば、論文投稿の際に高い投稿料を払わないといけなくなる将来しか見えず、声を大にして訴えることができずにいる。
「先生、何故研究するのですか?」との問いに、昔は「こんなに楽しいのに何故研究しないの?」と反論できたのに令和の後輩達には明確に答えられない自分がいる。
研究や教育を趣味とできる変わり者、または、自己犠牲ありきでしか継続できない医学研究の分野は、変わるべき時がきているのではないか。そんな気がしてならない。

林田佳子
(はやしだ・よしこ)
産業医科大学放射線科学講座准教授。日本医学放射線学会放射線診断専門医・指導医、日本核医学学会核医学専門医等。福岡協会会員


