上司や同僚からの差別や、家庭での家事・育児・介護負担など、女性の医師・歯科医師を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。
40代~70代の女性医師・歯科医師に集まってもらい、本音で語ってもらいました。
※個人の特定を避けるため、内容の一部を編集しています。
医療界の「ガラスの天井」
―まず、医療界の「ガラスの天井」について伺います。学生から研修医時代、診療現場を通じて、女性であるために不利益を被ったり、そう感じたことはありますか。
昔は外科系は女性は無理だと言われていて、「外来やって、午後にオペして、術後の患者さんを診て、その後は当直があって、急患が来れば対応し、翌日も朝から外来やって、午後のオペまでできるか?」と聞かれるんですね。そう言われると、どんなに外科をやりたくても、ちょっと引かざるを得ない雰囲気がありました。入局する時に医局長からすごく嫌そうに「女医だろ?」と言われたのが忘れられない。男性医師が寝転んで休憩している中に女性がいると気まずいので入ってほしくないと言う人もいましたね。
「だから男女別の休憩室をつくろう」という話にならず、女性を排除して解決しようとするところが安易というか…。
女性は体力が無いから、というような言われ方をすることもあるけど、実際には外科手術よりも産婦人科の分娩や手術の方が体力が必要。でも、外科は圧倒的に男性、産婦人科は女性が多いのは、これいかに。
むしろ体力的には女性の方が強いような気もしますね。女性医師は手術や血が怖いから皮膚科や眼科を選ぶというようなイメージを持っている人もいるようだけど、眼科を選んでいる女性医師は手術が得意だから眼科にしたという先生も多いです。
でも、「医師免許は嫁入り道具」のような感覚の人もいましたよね。実際、医師免許だけ持って専業主婦をやっている人もいるから、その印象が強いのかもしれない。
医師免許に男女の別は無いのに…
辞めたくなるような状況もあると思いますよ。夫婦で外科の医局にいた友人の話ですが、旦那さんはどんどん手術をやっているのに、彼女はエコーしかさせてもらえず、入局はできたけど手術に参加させてもらえない。医師免許に男女の別は無いのに、旦那さんはどんどん出世し、奥さんは何もさせてもらえないのに休みは無くて。それでは専業主婦にもなりますよ。
私はもともと研究職を目指していて、遠くの大学で教員のポストを得るチャンスがあったのですが、結婚したばかりで、夫は私と一緒に来るのは嫌だというし、姑からも色々言われるので単身赴任もできず、ポストをあきらめました。その時は本当に悔しかったですね。
子どもが小さいころは学会にも行けなくて、主人は自由に行けるのに、私はどうして?と疑問に思ったことはあります。
―結婚や出産・育児が女性医師のキャリア形成を阻害しているというのは、厚労省の調査でも明らかです。育児中に休職・離職した女性医師は、専門医資格の取得率が有意に低いという結果が出ており、保団連女性部の「女性医師・歯科医師開業医会員アンケート」(2015年)でも、「専門医取得が可能な年齢に達するころは、ちょうど出産適齢期に重なる」(小児科、40代)、「短時間のパートで働いて、家族の面倒をみて、論文を書くことなど無理」(整形外科、50代)という意見が寄せられました。
妊娠出産は女性だけだとしても、育児や家事は男性でもできるのだから、女性医師だけ子育て期間中に就業率が下がったり、出産後にキャリア形成ができなかったりするのは、本当はおかしな話。でも厚労省は女性医師の仕事量を男性の8割と見積もり、将来も変わらないという前提で医師数の必要量を計算しているのだから、腹が立ちますね。
大学にいた頃、お子さんがいて早く帰っていく女性医師には、やはり冷たい視線を向けられていたような気がします。
ある友人は今も大学にいて、実績もあるけど、歴史が古い研究室は完全に男社会で、「同じキャリアを積んでいても女性では教授になれない」と言っていました。実際、
その研究室ではまだ女性教授が誕生したことがないそうです。
私はどちらかというと、自分のペースで診療しながら、それ以外の好きなこともやりたいタイプなので、「家事も育児もしなくていいからバリバリ働け」と言われたら困りますが、そういう人は男性にもいるはずなんですよね。男性でも女性でも、自分に合った働き方ができるのが理想だと思います。
医学部入試差別問題について
―昨年の医学部入試差別問題については、どう受け止めましたか。
15年くらい前に女性部で「入試で女性の数を調整しているらしい」という話をしたのを思い出しました。今回のニュースを聞いた時もそうだったけど、私も含めて女性医師たちはあまり驚いておらず、「何を今さら」という感じでしたね。
私が受験したのは30年以上前だけど、女性医師がこれ以上増えたら国が滅ぶという「女子医学生亡国論」が平気で語られる時代で、入局制限や入試差別の噂はあったけど、まさかそこまでしていたとは驚きでした。面接は人がやることなので、そこで差をつけられることはあるかと思っていたけど、点数まで操作するなんて信じられない。
でも、やはり周りはそれほど怒っていなくて、「当直もできないから仕方ない」という感じなんですよね。
私はやっぱり驚きましたね。そんなひどいことあるの?って。受験生の親としても許せない。
医学部を目指していた時、なんとなく女性と多浪生は通りにくいという感じはしていました。落ちたのは「調整」の結果なのか、単に私の能力の問題なのか、今となっては分かりませんが、何か釈然としないものはあります。
ニュースが流れた時も歯科の先生や事務局の人たちが驚いているのを見て、「そうか、ひどいことなんだ。そうだよね」と思い直したくらい、感覚が麻痺していました。
医療系ニュースサイトのアンケートでも、女性医師も含め「仕方ない、必要悪」という回答が多かったみたいですね。
―歯科では入試差別のようなものはないのでしょうか。
歯学部は今は半数近くが女性で入試差別は無いかもしれないけど、「歯科医師過剰」と言われる時代だから、女性は結婚して辞めることを期待し、将来の歯科医師数を減らすために女子学生が増えるのを黙認しているのではないかと勘繰りたくなりますね。女性歯科医師の活躍に関する議論を見ていても、家事・育児・介護をする前提で「フレキシブル」に両立させる話ばかりで、パートで都合よく使おうという下心があるのではないかと疑いたくなります。
私も妊娠したときに、勤務先の院長から「産休はあげられるけど、育休は無理」と言われ、家族の協力も得られそうになかったので辞めるしかなかった。少
人数でやっているクリニックだから大変なことも分かりますが、今考えると、理不尽だなと思います。
開業後に妊娠したのは女性の無責任?
―開業医会員を対象にした女性部のアンケートでは、産前休暇「0日」が3割、さらに母体保護の観点から「働かせてはならない」とされる産後強制休暇6週間が取れない人が7割に上りました。そのことを全国保険医新聞で記事にしたところ、「そんな過酷な状況とは驚いた」という感想がほとんどでしたが、中には「なぜ開業したんだ」「責任感がない」などといった意見もありました。
そんなこと言っても、避妊は計画的にできるけど、妊娠は計画的にはいかないからねえ…。
―アンケートでも、「まさか妊娠できるとは思わなかった。産後休暇が少なすぎて体調を崩した」(内科・30代)、「開業してすぐに妊娠が判明し、陣痛が来るまで診療した」(内科・30代)、「子どもがなかなかできず、半ばあきらめて開業した後、妊娠した」(歯科・40 代)といった記述がありました。
男性は奥さんが妊娠しても関係なく、家事・育児のことも考えずに自由に開業できて、女性は出産・育児・家事・介護を考えて開業しないと「無責任」なんて、おかしいですよね。
昔は患者さんから「なんだ女医か」
―患者さんからの視線はどうですか。
昔は「なんだ、女医か」なんて言われたけど、最近は無いですね。むしろ小児科などは、中年の男性医師がぬっと出て来るだけで子どもが泣き出したりして、逆に気の毒に思うくらい。
研修医時代に「説明はよく分かりましたが、僕は男の先生に診てもらいたい」と言われたことが一度だけありました。開業してからは、女性歯科医師が嫌なら来ないだけなので、皆無ですね。
高圧的な強い口調で色々言ってくる患者さんはいますよ。以前、女性医師・歯科医師の集まりで「ホワイトカラーの管理職っぽい男性の中には、自分より若い女性医師だと、問診してもきちんと答えてくれず、こちらの話もよく聞いてくれないけど、男性医師が出て来ると機嫌よく話すような人がたまにいる」と聞きました。
医療界に限ったことではないけど、結婚して姓が変わるのが嫌でしたね。当時、ある男性の憲法学者が、じゃんけんで負けたから奥さんの姓になった、という話を聞いて、うちもそうしようと提案したら、夫が「うちの親父は非常に気が小さい男だから、そんなことになったら失神して死んでしまうかもしれない」と言うので私が姓を変えました。
これに始まり、いろんな場面で女が引き下がればうまくいく、という発想が200%身についたままここに至ってしまったわ。
私も、姓を変えるのは論文の実績に影響するので本当に悩みました。旧姓で書いた論文はカウントされず、キャリアゼロになってしまうんですよね。今は戸籍名でなくても受理されるようですが、海外の学会などでは写真付き身分証明書が必要な場合があるので、パスポートと発表者の氏名が違うと、何かと面倒なことになります。
パスポートに旧姓併記するには「既に海外で旧姓の実績があって、姓を変えると支障がある場合」という条件があって、審査もあり大変です。「女性活躍」の一環で年内に手続きを簡素化するというニュースを見ましたが、ICチップに記録されるのは戸籍名だけのようなので、何かとトラブルになるのではないかと言われています。
―一般の仕事では通称というかたちで旧姓を使い続ける人も増えましたが、医師・歯科医師は免許の関係で、旧姓使用のハードルがより高いようですね。医師・歯科医師免許は姓が変わっても変更の義務はなく、2019年1月からは旧姓併記が認められるようになりましたが、医籍と保険医登録は戸籍名への変更が必要です。厚労省が公開している医師等資格確認システムは医籍名で検索されるので、変な誤解を生んでも困りますね。
私は事実婚にしていますよ。子どももいないので、今のところ特に不都合は感じていませんが、例えば緊急手術の同意とか、保険金の受取とか、何かあった時にどうする?という話はしています。
姓が一緒じゃないと家族の一体感が失われる、なんて言う人もいますけど、一緒でも別れる夫婦はいるわけで、関係ないですよね。戸籍で縛らないと、奥さんの愛をつなぎとめる自信がないのかしら(笑)。
女性医師・歯科医師の働く環境を改善するには
―女性医師・歯科医師の働く環境を改善するにはどうしたら良いでしょうか。
まずは男性に家事・育児をしてもらうことですね。それも「お手伝い」ではなく、主体的に。
昔、産休明けで復帰した時に「女医さんは産休育休で休めるからいいね」と言われたけど、産休・育休中は子どもとのんびりご飯食べて、昼寝して――と、その程度に思っているんでしょうね。実際にやってみた男性医師が「子どもは思うように寝てくれないし、何だかんだと邪魔が入って家事は遅々として進まない。こんな大変なことを妻は一人でやっていたのか」と驚いていました。
以前、ある講演で、「女性は妊娠してから徐々に母親になっていくけど、男性には突然、赤ちゃんがやってくる」という話を聞きました。特に医師・歯科医師は、それまではエリートとして何でも人よりできると思って育ってきたのに、急に無能扱いされ、「何でそんなこともできないのよ」とののしられると、だんだん嫌になってしまう。例えばオムツが多少ずれていても、洗濯物の干し方が変でも、そこは目をつぶって褒めることだ、と言っていました。
何で夫だけ褒めてやらなければならないのかと思ってしまうわ。
こちらがやるのは当然のような顔で感謝も褒めもしないのに。
まあ、医師・歯科医師になっているような人は、子どものころから勉強だけしていれば親は「よし、よし」と言い、食事も夜食も自動的に出てきて、家事なんか一切せずに育った人も多いだろうから、これを読む男性の先生方にいきなり全部やれというのは酷かもしれないけど。
―女性部アンケートでも、病児保育や代診などの支援制度に加え、「女性が家事・育児・介護をやる前提で働き方を議論しても女性は苦悩から逃れられない」(耳鼻咽喉科・50代)、「教育の中で家事・育児は男女とも担うべきものだということを教えてほしい」(診療内科・50代)など、男性の意識改革を求める声が多く寄せられました。
女性も含めて、知らず知らずのうちに「家事・育児・介護は女の仕事」と刷り込まれているのでしょうね。
「人権派」といわれる弁護士夫妻でも、妻が夕食の片づけをしている横で、夫は悠々と新聞を読んでいた、という話も聞きます。男女差別とも思っていない。
私は「女の子だから料理を」等はまったく言われなかったし、逆に夫は料理や家事全般にまめな人で、彼の親の介護も自分でやっています。ある歯科医師夫婦は、奥さんの方が帰宅が遅いので、平日はパート勤務の旦那さんが食事を作っているそうです。昔よりは変わってきていると思いますよ。
育った環境は大きいでしょうね。私の夫も歯科医師だけど、母親が仕事で忙しかったから小さいころから家事をやっていて、今も料理や家事をする方だと思います。
そういう家事・育児の経験が無いと、「保育をつければ女性の参加が増えるだろう」と単純に考えがちですが、実際には、保育があるからといって夜まで長々とやる会議には出られません。会議の時間や長さ、頻度も変えていかないと。
歯科医師が集まるある会議で、15人中、女性は私1人だったのですが、「女性の参加を増やしたい」という話になった時、「みなさん、自分の奥さんがこの時間帯の会議に出ると言ったら歓迎します? その場合、家事や育児はみなさんがやっていただけるのでしょうか」と聞くと、みんな黙ってしまった。自分の奥さんには家にいてほしくて、ほかの女性には会議に出てほしい、というのはおかしな話ですよね。みなさん女性に対してとても優しく、「女性の力が必要だ」と思ってくださる素晴らしい方たちなんですけど、やっぱり根底には「女性は家にいてほしい」という気持ちがあるのかな。ちなみに、メンバーのほとんどは奥様が専業主婦です。
「男は仕事、女は家庭」とか男尊女卑の意識を自覚して克服しないと、女性の参加を促す対策が「保育」や「お茶会」だけになってしまうんですよね。お茶しに会議や研究会に来るわけではないので、お客様かお飾りか、逆に「女ごときが生意気な」と言わんばかりの雰囲気では、居心地が悪くて来なくなるのは当然です。
「女は能力が低い」と思っているような男性って、いまだにいますよね。以前、ある歯科医師の団体で女性の先生が会計をやることになった時、「女に会計なんかできるか」と言い放った男性の先生がいたと聞きました。
そういう意味では、女性管理職の登用が進む中、女性リーダーに対する男性の意識の変革が必要だと思います。
頑張る女性に対する世間のまなざしはまだまだ古く、管理職になる女性と同じ年代の男性は「鉄の女」とか「お局」とか言って半分馬鹿にしている。
ある女性医師の話で、系列病院から異動してきた事務長が、彼女を含む4人の女性幹部を指して「四天王を使いこなせるかどうか、お前の力量が試されると言われて来ました」と笑いながら話していたそうです。そんなことを言った人も、言われたことを披露する人も、感覚がずれている。子どもたちの世代は、女性が指導的立場に立ってもそういうことを言われない社会になっていてほしいですね。